千鶴子の歌謡日記

 でも、こうした思いはわたし固有のものなのかもしれない。なぜなら、わたしはThe Beatlesの音楽に全く魂を揺すぶられないからだ。The Beatlesファンとわたしの間には、野坂昭如が歌う長谷川きよしの『黒の舟唄』の「深くて暗い川がある」。ポール・マッカートニーが考えたリンゴ・スター用の曲『黄色い潜水艦』を除いて。
 沈め、沈め、どこまでも、千尋、万尋、十万尋へ、わたしは黄色いサブマリン。堀江謙一の『太平洋ひとりぼっち』の孤舟じゃ、何にも見えない。ただ見えるのは、何もない空と水平線に縁どられた水面だけ。表層に漂流しているのでは上っ面だけしか見えない。下層にもののあることを知っていても、表層からでは見るすべがない。
 沈め、沈め、底まで沈め。人生潜行、一万メートル。わたしは白い潜水婦。そこに到れば何でも見える。とにかく、底より下はない。月の影が見え、太陽の痘痕が見え、数兆のプランクトンが見え、表層を漂流する者も、中層を流浪する者も、下層を流転する者も、ありとあらゆるものが目にみえる。表層にいては、この上もない損、長い人生を何も知らずに過ごしてしまう。
 さあ、お酒を飲もう。夜更かしをしよう。紫煙をくゆらせよう。男と遊ぼう。――しかも、忠実に、決して不真面目になってはいけない。さあ、人生潜行。貪欲になって、人生潜行。そこで、金沢明子の『イエロー・サブマリン』のような歌が生まれる。 

   沈め 沈め どこまでも
   千尋 万尋 十万尋へ
   白い小舟で どんなに沖へ
    行ったところで ただ見えるのは
     なんにもない空 なんにもない海
     そんな小舟じゃ なんにも見えない
   沈め 沈め どこまでも
  千尋 万尋 十万尋へ
  わたしは 黄色い潜水艦

   沈め 沈め どこまでも
 千尋 万尋 十万尋へ
  とにかく沖で 沈んで行けば
    どんなものでも はきり見える
     影のある月 蒼い太陽
     底まで行けば なんでも見える
   沈め 沈め どこまでも
 千尋 万尋 十万尋へ
  わたしは 黄色い潜水艦

   沈め 沈め どこまでも
 千尋 万尋 十万尋へ
   さあ酒を呑め タバコをふかせ