千鶴子の歌謡日記

 今はもう、遠い昔のこと。わたしは心から疎遠にされ、わたしの好意は迷惑でしかなかった。あなたにはわからなかったのね。わたしが大学ノート一杯に筆であなたの名前を書き連ねたことを。わたしが夜ごと、あなたに抱きしめられたいと思ってベッドの中で悶々ともだえ苦しんでいたことを。
 わたしは愚弄され、軽蔑されたその日、髪を裁ち鋏で切った。あなたが美しいと言って口づけをした髪を、わたしは泣きながら母の大きなハサミで切り刻んだ。深い敗北と深甚な失意。わたしの心とからだのすべてを許したのに。底知れぬ自己嫌悪がわたしを包む。自尊心の高いわたしが捨てられた口惜しさ、わたしの真意を理解してもらえなかった悔しさ。
 あれから、多くの時間が車窓の風景のように流れた。しのつく雨の降る日はベージュのコートに黒い傘を、生暖かい風の強い日は疾風に踊る背広のポケットを、夏の蒸し暑い日は、あなたの汗ばんだ体臭を、わたしは思い出す。ああ、あれからもう二年、いまだにあなたの面影は、わたしの心に粘りついて離れない。ひび割れた心に、今もあなたの別れの電話の言葉が、断頭台に露となったマリー・アントワーネットへの死刑の判決のようにさんざめく。BGMはフレデリック・ショパンのエチュード作品10-3がいい。そこで、『別れの曲』に詞をつけた歌が生まれる。

  いつか見た青い空 白い雲
    あなたの愛
  別れは ある日 突然
    訪れたけれど
     あなたのことは けして忘れない
         忘れない 忘れない

  いつの日か 逢える日の 来ることを
    星に祈り
  笑顔で お元気ですかと
    言葉を交わして
     昔のように 愛し逢いたいわ
        逢いたいわ 愛したい

  さようなら 涙など見せないで
    手を振ります
  心に残る想い出
    楽しいひととき
     私にくれた 愛をありがとう
        ありがとう ありがとう