一目惚れの多くは、その一目惚れの瞬間を強烈に記憶している者にだけ、恋愛の可能性を齎す。全ての奇異な出来事も、秘密でない限り、三日麻疹のように、日常茶飯になってしまう。
 そのことが、なぜ現実認識の高さを自負する彼らに判らないのだろう。流行を追う尻軽な市井の人々のように原発を考え、民主主義の神話を討論することが、平成元禄を云々することと同じ次元にあるということを。
 ただ、ただ、訳もなく恐ろしい。目隠しをした人々と、このわたしが、わたしに与えられた唯一無二のこの時代を共有しなければならないことが。
 こんな猿芝居で恒久平和は実現しないし、核爆弾も廃棄されない。あんなベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』で中近東の和平は実現しないし、PM2・5もなくならない。
 一つの矛盾の解決は、新しい矛盾を生む。ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー、ジェームズ・プレスコット・ジュール、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ達の『エネルギー保存の法則』ならぬ「矛盾保存の法則」がこの世を支配しているのだ。癌は生体の一部だ。癌が増殖すると生体が死に追いやられる。この矛盾を解決すれば、もはや生産に貢献することのできない老齢者が増加し、社会保障費が増大し、財政を圧迫し、若年労働者の労働意欲を削ぐ。矛盾のなくなることは決してない。矛盾をなくそうとすれば、眠っていた保守主義者(理論もなく、体系もない感覚的な人々)を叩き起こすことになる。
 一切は変わりはしない。何事も、軈て無かったかのように忘れ去られるだけ。
 わたしは、図書館に逃げ込む。図書館は別世界。異質の空間だ。そこで平岡精二の『学生時代』のような歌が生まれる。

  ああ 試験だというのに
    ブルー ブルーメランコリー
  ヒマラヤ杉からこぼれる憂鬱
  白いノートを斑に染める
   ああ 試験だというの
    ブルー ブルーメランコリー
訳もなく ただ ただ物憂い
  休み明けの午後の図書館
   とうに忘れたはずなのに
    蒼い 蒼い君のイメージ
  二時間前から変わらぬページの
  同じ言葉を目で繰り返す
   とうに忘れたはずなのに
    蒼い 蒼い あなたのイメージ
訳もなく ただただ逢いたい
  あなたのいない午後の図書館

  だめ 我慢できないもう
    ブルー ブルーメランコリー