千鶴子の歌謡日記

 吉岡治の『さざんかの宿』も星野哲郎の『おんなの宿』も、主婦の浮気の歌だけど、どんな男でも、妻を本当に愛しているのであれば、人倫に悖る浮気などはできないはず。そこで、吉岡治の『さざんかの宿』を男の視点から歌う歌が生まれる。

  冷たい俺の指先を 
   口に含んで暖める
  一緒になれない それでもいいのよ
   そういう女の涙雪
    やさしさが やさしさが
     この胸に降り積む
   いっそ世間に背を向けて
    明日を捨てよか 雪の宿

  別れる俺の足元に
   頬をすり寄せすがりつく
  どうぞ 一人でお帰りなさいと
   涙にやらずの雪が降る
    いとしさが いとしさが
     この俺を泣かせる
   死ぬと言うのか この俺と
    命 いらない おんな雪

  雪舞う駅にベルが鳴る
   窓に唇 押しあてて
  けして後からついては行かない
   涙で綴った さようなら
 せつなさに せつなさに
     この胸がしばれる
   生きて行けるか ひとりきり
    心 残して 汽車は行く

  雪降る窓に想い出す
   白いうなじに細い指
  荼毘の噂が北から届いた
   淋しい笑顔が目に浮かぶ
    はかなさが はかなさが
     この胸を引き裂く
   ずっとあれから ひとりきり
    あなた 命と おんな雪

 ゲストルームでの雑魚寝では、中学の修学旅行を思い出した。初夏の蒸し暑い時期で、京都と奈良の盆地の大部屋での寝苦しい夜が思い出された。担任の教諭は、
「後は頼む」
と飲み会で外出した。それから宿で大騒ぎ。そこで、千家和也の『そして、神戸』を奈良に移した歌が生まれる。

  若草山と春日山
  八幡宮の別れ宿
   憎いあなたが恋しい
    どこにでもよくいる
     恋に頬ぬらす
      わたし馬鹿な女

  愛しているからついてくと
  言えぬ女の奈良の性
   朝の別れが辛くて
    猿沢池まで
泣きながら歩く
      わたし馬鹿な女

  関西線と奈良線の
  駅のホームの別れ道
   未練引き裂く列車に
    大阪の男と
     京都まで帰る
      わたし馬鹿な女