千鶴子の歌謡日記

 いずれにしても、わたしは面食いだ。性格は二の次で、『狼よさらば』のチャールズ・ブロンソンより、『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンのほうがいい。醜男とは口もききたくない。それはわたしが、『金閣寺』の三島由紀夫のような唯美主義者であることや『細雪』の谷崎潤一郎のような耽美主義であることを意味しない。主義でも主張でもない。口もききたくもないし、『ノートルダムのせむし男』のカジモドのような見たくもない男が醜男なのだ。わたしの遺伝子がそう感じるだけのことなのだ。わたし自身は遺伝子を選んでいないから、わたしはそういう主義や主張を持っているわけではない。その嗜好はわたしにデフォルトでインプットされていて、わたし以前のわたしに他ならない。殺人の嗜好がわたし以前のわたしにインプリンティングされていたとしたら、わたしは佐木隆三の『復讐するは我にあり』の西口彰のような殺人鬼になっていただろう。わたしはわたしが面食いであることを憂うことも喜ぶこともしない。わたしが谷崎潤一郎の『蓼食う虫』であったとしたら、イケメンではなく、『リオの男』のジャン・ポール・ベルモンドを好んでいたのかもしれない。でも、わたしがブスだったとしたら、どうなるのだろう。それでも、愛してくれる男がいるのだろうか。そこで、中島みゆきの曲で研ナオコに歌わせたい歌が生まれる。

  怪獣ズボラは 年増の怪獣
  今年で 二十九に なるけれど
  得意の武器は 嘘涙
   誰にも心を 見せないで
   体を鎧で 締め切って
   いつも強がり ばかり言う
  怪獣ズボラは 自惚れ生意気
  ほんとは そうでは ないけれど
  自分の殻を 破れない


  怪獣ズボラは お化粧下手です
 見えない カラスの 足跡を
  気にして厚く 塗りつぶす
   鏡を持っては いるけれど
   歪んで ひび割れ 傾いて
   いつも自分を 騙してる
  怪獣ズボラは ドブスで面食い
  ほんとは そうでは ないけれど
  人にそうと 思わせる

  君よ心を開いて 愛する男がここにいる
  君よ鎧を脱いでよ 愛したい男がここにいる

  怪獣ズボラはおしゃべり怪獣
  相手がひとこと言う前に
  得意の武器の棘言葉
   優しい言葉も言えるけど
   僻んで 拗くれ ささくれて
   嫌味ばかりが口に出る
  怪獣ズボラは性格不美人