千鶴子の歌謡日記

 あの人の名前は、白井ケンイチ。そしてわたしは多くのことを知った。それと同時に、わたしの内部で音を立てて瓦解していくものがある。それは、未知と不安の砦だろうか?それとも、わたしの精神の城塞だろうか?たまらない不安が、裸形のわたしに嵐のように吹き付ける。あの人が、具象化されていけば行くほど、わたしの胸の亀裂は甚だしくなる。そこで、トワエモアの『誰もいない海』のような歌が生まれる。
 
  振り向けば 秋
   頬にかかる 髪に
    風が 囁く
     君は いま人を
      愛しているかと
  振り向けば なぜ
   頬にかかる 涙
    雲が たずねる
     君は いま人に
      愛されてるかと
       限りない 悲しみは
       季節が ひび割れた
       心の 隙間から
       忍び込む せいなのか
 
  愛すれば なぜ
   水に映る 秋に
    一人呟く
     君は あの人と
      別れていいのか
  愛すれば なぜ
   道を説く 友に
    君は どうかと
     君は いま人を
      愛しているかと
       限りない 虚しさは
       友情が 忘れたい
       心の 傷口を
       癒そうと するからか
 
       限りない やるせなさ
       季節が 引き裂いた
       心の 傷跡を
       吹き抜ける せいなのか
 
 これ以上あの人のことは知らない方がいいのかも知れない。これ以上知れば、わたしはどうなるか分らない。行雲流水、鴨長明の『方丈記』の「よどみにうかぶうたかた」や二葉亭四迷の『浮雲』のようなわたしは、草野心平の気まぐれな微風にたんぽぽの種子の様にどこまでも流されて行ってしまうかもしれない。ありもしない桃源郷、ゴダイゴの『ガンダーラ』を求めて。トマス・モアの『ユートピア』に憧れて。そこで林保徳の『シャングリラ』のような歌が生まれる。

   人の心の醜さに堪えきれず
   人の世の争いを逃れ去り
    いざ行かん桃源郷へ
      浮き世を忘れ去ることが
       ただ一つの生き方ではないが
        虚しい想いに心蝕まれ
         全ての理想 情熱 忘却の彼方