全身が硝子になった姿が想像できた。
いつかは、私も一つの硝子の彫刻になる。
それなら、格好のいいポーズをとる練習をしないといけないな。
いつの間にか寝ていたらしい。目が覚めると、太陽の光が部屋の中で飽和していた。
「○○ちゃん、おはよう」
聞きなれた母の声だった。
「おはよう」
声は少し擦れていたが、寝起きだから仕方がない。起き上がって、寝ぼけた目で部屋を見渡すと、母は扉の横に小さな丸椅子を置いて座っていた。
「十時くらいに先生が来てくれるって」
何か返事をしようと思ったが、言葉が出てこなかったので、ほとんど声にならないまま「ふーん」とだけ答えた。
右手を見ると、変に五本の指を曲げた状態で動かせなくなってしまっているのが分かった。
母はそれを見て、ゴキブリを見つけたときくらい顔をひきつらせたが、二秒もしないうちにいつもの表情に戻っていた。よく見れば、少し緊張が残っている。私に心配させないように、母なりにいつもの表情でいようとしていたのだろう。
母は少しだけ目をそらし「春になってきたね」と話題を変えた。
改めて窓の外を見ると、桜のつぼみが膨らんでいた。
「桜も、もうすぐ咲きそうだね」
私がそう言って笑うと、母の表情は少し和らいだ。
私は右手を掛け布団に隠し、「花見に行かないと」と言うと、「お団子が食べたいだけじゃないの?」と母は笑う。
麗らかな春の日の典型のような空間だった。透明な右手を除けば、だが。
「○○ちゃん。病気のこと…どうする?」
着替えを終えた頃、母がそう切り出した。
私としては、どうにか母とその話をするのは避けたいと思っていたのだが、母の泣きそうな顔を見るとそうはいかないようだった。
「お母さんは、どう思う?」私は窓の外の桜を見ながら言った。
母は気まずい沈黙をほんの数秒作った。
「私は、○○ちゃんの意思を尊重したいと思うの…」母は俯きながら言った。
「だからね、お母さんのことは気にせず、自分の意思で、その、治療のこととかは決めて欲しいの…」
母の声は途切れ途切れで小さく、聞き取りにくかったが、その根底にある優しさが、胸を痛く締め付けた。
「私は…」
母の優しさに応えたかった。
心から、親孝行をしたいと思った。
いつかは、私も一つの硝子の彫刻になる。
それなら、格好のいいポーズをとる練習をしないといけないな。
いつの間にか寝ていたらしい。目が覚めると、太陽の光が部屋の中で飽和していた。
「○○ちゃん、おはよう」
聞きなれた母の声だった。
「おはよう」
声は少し擦れていたが、寝起きだから仕方がない。起き上がって、寝ぼけた目で部屋を見渡すと、母は扉の横に小さな丸椅子を置いて座っていた。
「十時くらいに先生が来てくれるって」
何か返事をしようと思ったが、言葉が出てこなかったので、ほとんど声にならないまま「ふーん」とだけ答えた。
右手を見ると、変に五本の指を曲げた状態で動かせなくなってしまっているのが分かった。
母はそれを見て、ゴキブリを見つけたときくらい顔をひきつらせたが、二秒もしないうちにいつもの表情に戻っていた。よく見れば、少し緊張が残っている。私に心配させないように、母なりにいつもの表情でいようとしていたのだろう。
母は少しだけ目をそらし「春になってきたね」と話題を変えた。
改めて窓の外を見ると、桜のつぼみが膨らんでいた。
「桜も、もうすぐ咲きそうだね」
私がそう言って笑うと、母の表情は少し和らいだ。
私は右手を掛け布団に隠し、「花見に行かないと」と言うと、「お団子が食べたいだけじゃないの?」と母は笑う。
麗らかな春の日の典型のような空間だった。透明な右手を除けば、だが。
「○○ちゃん。病気のこと…どうする?」
着替えを終えた頃、母がそう切り出した。
私としては、どうにか母とその話をするのは避けたいと思っていたのだが、母の泣きそうな顔を見るとそうはいかないようだった。
「お母さんは、どう思う?」私は窓の外の桜を見ながら言った。
母は気まずい沈黙をほんの数秒作った。
「私は、○○ちゃんの意思を尊重したいと思うの…」母は俯きながら言った。
「だからね、お母さんのことは気にせず、自分の意思で、その、治療のこととかは決めて欲しいの…」
母の声は途切れ途切れで小さく、聞き取りにくかったが、その根底にある優しさが、胸を痛く締め付けた。
「私は…」
母の優しさに応えたかった。
心から、親孝行をしたいと思った。