今や、透明でないのは親指だけだった。
 最長で半年生きられると仮定しても、最期のほうはほとんど体が動かなくなっているだろう。先生の言った「早めに」の意味はこうことかと気付いた。
 ふと、この硝子になってしまった部分を割ってしまうとどうなるのかが気になった。
 痛いのだろうか。
 左手の指で、右手の小指をはじいてみる。
 振動が硝子の部分を伝わって脳まで届く。だが、小指には何も感じない。感覚が無くなってしまっていることは理解できた。
 壊しても、くっつければ大丈夫な気がした。そもそも、動かないのだから壊してしまった方が軽くなって楽かもしれない。
 硝子の部分と普通の部分で重さに差はないのだが、見た目が重そうなので違和感が大きい。
 とは言え、壊すのはまだ怖い。
 今日の内に看護師さんに言って、何か布で保護してもらおう。
 窓の外はまだ暗く、月は建物の影にいるのか見えない。
 「何かしたいこと…」
 無意識に声に出していた。
 やりたいことを頭に思い浮かべる。
 読み切れていない本はすべて読んでおきたい。ピアスを開けてみたい。髪も染めてみたい。緑と青で半分ずつがいい。スイーツ食べ放題に行ってみたい。猫カフェに行ってみたい。ハリネズミカフェもあると聞いたことがある。他の動物のカフェもあるのかも知れない。水族館や動物園にも行きたい…
 思わず笑ってしまった。
 たくさん思いつくのに、どれもちっぽけで、少ない時間を本当にそんなことに使うのかと問われれば、自信をもってうなずくことは出来ない。
 自分の世界の小ささに呆れてしまう。
 治療はどうなるのだろうか。
 先生はできる限りのことはしてくれそうだが、良くなるとも限らないし、あまり魅力的な選択ではないだろう。余命宣告なんてものをされた時点で、長く生きたいなんて思いはどこかへ行ってしまっている。
 親がどう思っているかが不安だ。
 それは、明日ゆっくり話し合えばいいだろう。
 そういえば、実例の少ない病気ならば研究対象にはならないのだろうか。アニメに出てくるような闇の施設に入れられるようなことは無くても、写真とかDNAを取ったりしそうだが、この基本的人権の尊重された社会では、本人の同意なしでは研究も進まないのかも知れない。
 私なら喜んで同意するだろうが、私のほかに硝子になってしまった四人はどう思ったのだろうか。