さっきの先生から事情を聴いていたのか、受付の人に私の名前を伝えると、順番を待たずに診察室に入れられた。
 この先生も驚いたようだったが、必死に顔に出さないようにしているのが分かった。
 先生は「いつから、こうなっていたの?」ときいた。
 私は「動かなくなったのは、たぶん、今日の四時くらいで、透明になったのは、四時半くらいだと思います…」と答えた。
 私もなるべく冷静を保とうと思っていた。できたかどうかは分からないけど。
 先生は私の手を、じっくりと観察すると、観念したように口を開いた。
 「これは…おそらく、硝子病と呼ばれるものです」
 「ガラス?」
 「ええ。前例が四つしかないので詳しいことは何もわかっていません。ただ…」
 先生は口を閉ざした。
 嫌な予感がした。病院で先生が言い辛いことなんてだいたい予想できる。
 母は今にも泣きそうな顔で先生を見た。
 三十秒ほど、先生は沈黙を守ったが、ついには諦めて口を開いた。
 「この病気は、発病から次第に体が動かなくなり、動かなくなった部分から透明になっていくんです。だから硝子病と呼ばれていて…その、今まで確認された四つの事例では…発病から半年以内に…その…亡くなってしまっています…」
 母は倒れそうになるのを必死で食い止めて、「でも…生きる可能性もあるんですよね?」と大声で叫んだ。
 「ええ…」先生は苦しそうな声で言った。
 「なら…」母は私と先生を交互にみた。
 「僕も、治療法を探してみます。しかし…」
 先生はちらりと私の目を見た。私は、なんとなく、その視線の意味を理解した。
 「これからの治療について、また詳しく話し合いましょう」
 先生は引きつった笑顔を見せた。
 その後、母の質問攻めに困る先生を見ているうちに、入院が決まっていた。何を喋っていたか、全く思い出せない。たぶん、私は動揺していたのだろう。
 「今日はこのくらいで…」
 七時をさす時計を見て、先生がそう言うと、母は静かにうなずいた。
 その後、看護師さんに連れられて、私はこの部屋に来た。四畳半ほどの部屋で、ベッドが一つとその横に小さな机があった。
 荷物は明日、母がまとめてきて持って来てくれると言った。
 去り際に、母は私を強く抱きしめた。
 私は左手で母の背中をさすった。
 私はベッドから起き上がり、右手を眺める。