右腕が肘の下から無くなっていた。
 硝子の部分に感覚はないと解っていたが、割れても気付かないとは思っていなかった。
 手首から先のない左手だけで、何とか体を起こそうとしたが無理だった。
 倒れたまま、海を眺める。
 海水が眼に入るが、それも仕方がないと割り切った。
 真っすぐだと思っていた水平線は、少しだけ弧を描いていた。
 母と看護師さんが叫びながら近づいてきた。
 「ごめんなさい」私がそう言うと、母は涙を拭って「いいのよ」と答えた。
 母と看護師さんに抱き起されると、割れて飛び散った硝子が見えた。
 大きな塊と、小さな塊。それから、粉のようになったもの。
 濡れた砂の上で、太陽の光を反射してきらきらひかっていた。
 看護師さんは私を車いすに乗せると、その硝子を小さな袋に集めていた。
 「○○ちゃん」母の声がした。「楽しかった?」
 母の顔は見られなかったが、泣いているのは簡単に分かった。
 「うん。とっても楽しかった」
 何かが頬を伝った。
 自分の涙と気付くのに時間がかかった。初めは顔に着いた海水だと思ったけど、視界がぼやけていくうちに涙だと気づいた。
 「楽しかった」
 私はもう一度言う。
 「そっか、そっか」
 母は消えそうな声で答える。
 太陽が沈むまで、私たちは無言で海を眺め続けた。
 
 
 病院に戻った後、先生は目を丸くして私の身体を見た。
 私は両足のひざから下と、右手の肘から先。それから、左の手のひらを無くしていた。
 「なんてことを…」
 先生の苦しそうな表情を見ると、少し申し訳なくなった。
 それからというもの、私は自由に立ち歩いたり物を書いたり出来ないので、母と意味もなく雑談するか、ベッドの上に一人でだらだらとしているだけだった。
 暇ではあったが、この暇の原因は自分にあるので文句は言えなかった。
 ときどき、学校の友達や先生が来た。
 特に親しい関係ではなかったのだが、社交辞令くらいの思いで来てくれていたのだろう。もしくは、単に硝子になった私を見てみたいという好奇心があったからかもしれない。
 海に行った話をすると、皆は笑ってくれた。
 「○○ちゃん」母の声が聞こえた。
 私は返事をしようとしたけど、声が出なかった。
 「今日はいい天気だよ」
 窓を開ける音がして、生ぬるい風が顔にかかる。
 空気が喉から漏れる音がする。