私は、左目に当てた手を、そっと離した。


――やっぱり、そう。
白夜がいると、身体が引き攣れそうだった痛みも感じない。


「……はい」


私は彼の手と声に導かれ、椅子から立ち上がった。
まっすぐ差し伸べられた男らしく筋張った手に、右手を預ける。
白夜は私の手をグッと引き、私を自分の羽織の中に抱え込んだ。
赤い瞳の真ん中に、父を捉えると……。


「約束通り、娘はいただいていく」


父が、声を詰まらせる。
黙って、深々と頭を下げた。


「っ……ちょっ、待てよっ!」


千雅が我に返った様子で、バタバタと足音を立てて駆け寄ってきた。


「水葵を放せっ! いただくってどういうことだよっ」


白夜が揺さぶられるほどの勢いで、彼の胸倉を掴み上げる。
色を失う千雅とは真逆に、白夜は冷然としていた。
ピクリとも表情を変えずに、掴まれた胸倉に目線を下げる。
そして。


「お前が千雅か」


低い声に、どことなく忌々し気な色が漂う。
と同時に、私を抱える腕の力が強まった。


「俺は死神。水葵は俺の許嫁だ」

「……はっ!?」

「たかだか幼なじみ風情の男に、掴み上げられる謂れはない。放せ」


彼の赤い瞳に力が宿り、ギラッと不気味に光る。