父はまだ、本殿の扉を見つめたまま。


「昨夜お前のもとに現れた死神……私も一度拝顔したことがある。……十八年近く前に」


そう言って、ギクッとする私に視線を戻す。


「漆黒の装束に身を包み、黒髪に赤い目をした、端麗な顔立ちの男神……見た目は人間でいう二十代初めくらいか」

「……はい」


昨夜私が見た死神もそういう姿形をしていた、という同意を示すために返事をした。
そして。


「私は死ぬ運命にあって、死神様に救われた……?」


『十八年近く前』が、私が高熱を出した時と理解して、思い切って質問を重ねる。
苦しげに表情を歪め、小さく頷く父の前で、私は黙っていた。


昨夜現れたのが死神だと察してから、なんとなく答えは想像できていた。
今さら、驚きはない。
――怖くも、ない。


それでも、身体の芯から力が抜けた。
ピンと背筋を伸ばしていられず、へたりと正座を崩す。


「どうして? どうして死神様が人間の命を救うの? 他の神様の間違いじゃ」


私が呆然と独り言ちたのを、父が聞き拾っていた。


「死神は、八百万の神の中で唯一、『生死を操る能力』を持っている。人間の魂を冥府に運ぶだけではない」