「小野寺! 遅い!」
大勢の人が行き交う駅でも、函館さんの姿はすぐに見つけることができた。
「なんですかその格好?」
「なにって、普通の制服だけど」
函館さんはどう? とくるりと一周してみせる。紺色のスカートがふわりと膨らみ、真っ白なシャツの上で赤いリボンが跳ねる。おばあちゃんのアルバムで見たことがある、いわゆるセーラー服というやつだ。
「そんなの昔のドラマでしか見たことないですって。それに函館さんは学校通ってないでしょ」
「だから学校に通わせろって言ってんの」
「そのためにはLCTに登録しないといけなくて……」
「あ! なにあれ、超おいしそー」
函館さんは風のように人ごみの中へするりと走っていく。
あれから二週間が経ったが未だに函館さんはLCTに登録しようとしない。
現代日本において、LCTの情報はそのほかの社会制度にも関わるため登録が必須なのに。
今日の外出だって本来なら目覚めて間もない函館さんは認められないところを、LCTに登録するという条件で特別に病院から許可をもらったのに。
しかも病院近くの散歩のための外出だったはずが街まで行かせろをごねられ、挙句にぼくにもついてこいと言い出して。
もしかして、遊ばれてる?
「小野寺はどんな高校生だったの? あんまり通ってなかったとか言ってたけど。もしかして不良だったとか?」
家族連れが行き交うショッピングモールを歩く函館さんは不意にこちらへ振り返る。
「別に、もうすぐ死ぬのに勉強しても意味ないなとか思って」
「じゃあなんで今、私の看護師やってるの?」
「看護師じゃなくてアシスタント……」
「なんでもいいから。看護師でも医者でもさ」
全然違うと反論したいが、いうだけ無駄なこともわかっている。
「別に。暇だったからです」
「なんだそれ」
変なのー、と函館さんは再び前を向いて歩き出す。函館さんの背中に向かってぼくはブツブツと語る。
「ある程度やりたいことは全部やったんで。美味しいものも食べたし、いろんなところ旅にも行ったし。だから残りの一年は社会貢献? 的な」
「あれ、これって私が入ってたコールドマシーンの機械じゃない?」
気がつけば、函館さんは家電量販店のショーケースの前に立っていた。
聞いてないのかよ。
函館さんの隣へ立つと、中には真っ白な縦長の箱が置かれていた。
「てか安くない? それに私が入る時とかコールドスリープの成功する確率は何千兆分の一とか言われてたのに」
「函館さんが眠っている間に技術が進歩したんですよ。入っている間は老けないからアンチエイジング的な感じで割とどの家にもあります」
「ふーん」
棺桶みたいだね、と冷たくつぶやいた函館さん。
僕は視線を向けるが函館さんの顔はショーケース越しにはよく見えなかった。
ぼくたちはそれから近くのワクドナルドに立ち寄った。
黄色のWのマークが描かれた赤い看板を見て函館さんは興奮していたが、実際に商品を前にするとなんだか微妙そうな顔をしていた。
もっとジャンキーなのが食べたかった、と言いながら函館さんはカロリー調整された牛肉を使用したハイブリットハンバーガーを口にする。ワクドナルドといえばヘルシーな商品が売りなのに、とぼくはあっさりとしたフライドポテトを口に放る。
「小野寺って好きな人いるの?」
「なんですか急に」
「いないんだ」
「いらないんですよ」
訝しげに目を細める函館さんを無視して、ぼくは指についた油をナプキンでふき取る。
「ぼくは極力無駄なことはしたくないんです。恋愛なんて無駄の極致にあるものですから」
「うわ……」
発言の意図を読み取らず、ただ引いている函館さんを見て、ぼくはつい言わなくてもいいことを言ってしまった。
「どうせあと一年で死ぬんだし、意味ないでしょ」
ふと前を見ると、函館さんはじっとぼくの顔を見ていた。
「小野寺ってさ」
「なんですか」
「やっぱなんでもない」
そう言って函館さんはカロリーオフのコーラをストローですする。
しばらく互いに口を開かないまま無言の食事が続いた。
ぼくは説明できない居心地の悪さから俯いていたが、ふと顔を上げると函館さんの食事が先ほどから全く減っていないことに気がついた。
「食べないんですか?」
「いや、お腹いっぱいでさ……」
へへ、と軽い調子で笑う函館さんだが駅でセーラー服姿を見せびらかしていたときに比べて明らかに顔色が悪い。
「どこか調子が……」
「もったいないけど残しちゃおっか」
ぼくの言葉を遮り、函館さんはトレイを持って立ち上がるが、そのまま床に倒れてしまった。
転んだわけじゃない。マリオネットの糸が切れたようなだらりとした力のない倒れ方だった。
食べかけのハンバーガーやコーラが床に散乱し、すぐに清掃ロボットが近づいてくる。
「函館さん!?」
ぼくは慌てて函館さんを抱きかかえると、セーラー服がしっとりと濡れているのに気がついた。函館さんの体温はかなり高く、汗をかいている。
すぐに救急車を呼ぼうとデバイスを押すと、突然アラームが鳴り響いた。
ビー。ビー。ビー。ビー。ビー。
ぼくのデバイスだけじゃない。客、従業員、店の外の通行人、テレビの向こうの生放送中のテレビキャスターも、全ての人間のデバイスが一斉に鳴り出した。
『LCTより通知が一件』
ぼくは何も考えることができないまま画面を見ていると、自動的に通知の内容が表示される。
『あなたの寿命が書き換わりました』
「……は?」
寿命が書き換わる?
こんな通知は初めてだった。
すると突然、店内から悲鳴にも似た声が上がる。たちまちあたりが騒がしくなるなか、ぼくはLCTの画面を開く。
余命の欄にはいつもと変わらず見慣れた『1』の表示があった。だからこそ、いつもと違う部分がすぐにわかった。
「1、ヶ月……?」
それは、あまりにも突然の余命宣告だった。
大勢の人が行き交う駅でも、函館さんの姿はすぐに見つけることができた。
「なんですかその格好?」
「なにって、普通の制服だけど」
函館さんはどう? とくるりと一周してみせる。紺色のスカートがふわりと膨らみ、真っ白なシャツの上で赤いリボンが跳ねる。おばあちゃんのアルバムで見たことがある、いわゆるセーラー服というやつだ。
「そんなの昔のドラマでしか見たことないですって。それに函館さんは学校通ってないでしょ」
「だから学校に通わせろって言ってんの」
「そのためにはLCTに登録しないといけなくて……」
「あ! なにあれ、超おいしそー」
函館さんは風のように人ごみの中へするりと走っていく。
あれから二週間が経ったが未だに函館さんはLCTに登録しようとしない。
現代日本において、LCTの情報はそのほかの社会制度にも関わるため登録が必須なのに。
今日の外出だって本来なら目覚めて間もない函館さんは認められないところを、LCTに登録するという条件で特別に病院から許可をもらったのに。
しかも病院近くの散歩のための外出だったはずが街まで行かせろをごねられ、挙句にぼくにもついてこいと言い出して。
もしかして、遊ばれてる?
「小野寺はどんな高校生だったの? あんまり通ってなかったとか言ってたけど。もしかして不良だったとか?」
家族連れが行き交うショッピングモールを歩く函館さんは不意にこちらへ振り返る。
「別に、もうすぐ死ぬのに勉強しても意味ないなとか思って」
「じゃあなんで今、私の看護師やってるの?」
「看護師じゃなくてアシスタント……」
「なんでもいいから。看護師でも医者でもさ」
全然違うと反論したいが、いうだけ無駄なこともわかっている。
「別に。暇だったからです」
「なんだそれ」
変なのー、と函館さんは再び前を向いて歩き出す。函館さんの背中に向かってぼくはブツブツと語る。
「ある程度やりたいことは全部やったんで。美味しいものも食べたし、いろんなところ旅にも行ったし。だから残りの一年は社会貢献? 的な」
「あれ、これって私が入ってたコールドマシーンの機械じゃない?」
気がつけば、函館さんは家電量販店のショーケースの前に立っていた。
聞いてないのかよ。
函館さんの隣へ立つと、中には真っ白な縦長の箱が置かれていた。
「てか安くない? それに私が入る時とかコールドスリープの成功する確率は何千兆分の一とか言われてたのに」
「函館さんが眠っている間に技術が進歩したんですよ。入っている間は老けないからアンチエイジング的な感じで割とどの家にもあります」
「ふーん」
棺桶みたいだね、と冷たくつぶやいた函館さん。
僕は視線を向けるが函館さんの顔はショーケース越しにはよく見えなかった。
ぼくたちはそれから近くのワクドナルドに立ち寄った。
黄色のWのマークが描かれた赤い看板を見て函館さんは興奮していたが、実際に商品を前にするとなんだか微妙そうな顔をしていた。
もっとジャンキーなのが食べたかった、と言いながら函館さんはカロリー調整された牛肉を使用したハイブリットハンバーガーを口にする。ワクドナルドといえばヘルシーな商品が売りなのに、とぼくはあっさりとしたフライドポテトを口に放る。
「小野寺って好きな人いるの?」
「なんですか急に」
「いないんだ」
「いらないんですよ」
訝しげに目を細める函館さんを無視して、ぼくは指についた油をナプキンでふき取る。
「ぼくは極力無駄なことはしたくないんです。恋愛なんて無駄の極致にあるものですから」
「うわ……」
発言の意図を読み取らず、ただ引いている函館さんを見て、ぼくはつい言わなくてもいいことを言ってしまった。
「どうせあと一年で死ぬんだし、意味ないでしょ」
ふと前を見ると、函館さんはじっとぼくの顔を見ていた。
「小野寺ってさ」
「なんですか」
「やっぱなんでもない」
そう言って函館さんはカロリーオフのコーラをストローですする。
しばらく互いに口を開かないまま無言の食事が続いた。
ぼくは説明できない居心地の悪さから俯いていたが、ふと顔を上げると函館さんの食事が先ほどから全く減っていないことに気がついた。
「食べないんですか?」
「いや、お腹いっぱいでさ……」
へへ、と軽い調子で笑う函館さんだが駅でセーラー服姿を見せびらかしていたときに比べて明らかに顔色が悪い。
「どこか調子が……」
「もったいないけど残しちゃおっか」
ぼくの言葉を遮り、函館さんはトレイを持って立ち上がるが、そのまま床に倒れてしまった。
転んだわけじゃない。マリオネットの糸が切れたようなだらりとした力のない倒れ方だった。
食べかけのハンバーガーやコーラが床に散乱し、すぐに清掃ロボットが近づいてくる。
「函館さん!?」
ぼくは慌てて函館さんを抱きかかえると、セーラー服がしっとりと濡れているのに気がついた。函館さんの体温はかなり高く、汗をかいている。
すぐに救急車を呼ぼうとデバイスを押すと、突然アラームが鳴り響いた。
ビー。ビー。ビー。ビー。ビー。
ぼくのデバイスだけじゃない。客、従業員、店の外の通行人、テレビの向こうの生放送中のテレビキャスターも、全ての人間のデバイスが一斉に鳴り出した。
『LCTより通知が一件』
ぼくは何も考えることができないまま画面を見ていると、自動的に通知の内容が表示される。
『あなたの寿命が書き換わりました』
「……は?」
寿命が書き換わる?
こんな通知は初めてだった。
すると突然、店内から悲鳴にも似た声が上がる。たちまちあたりが騒がしくなるなか、ぼくはLCTの画面を開く。
余命の欄にはいつもと変わらず見慣れた『1』の表示があった。だからこそ、いつもと違う部分がすぐにわかった。
「1、ヶ月……?」
それは、あまりにも突然の余命宣告だった。