白色のナースウェアを身に纏う自分にもようやく見慣れてきた。廊下に設置された大きな姿鏡に映る自分を見ていると、腕時計型のデバイスからアラーム音が響く。

 ぼくは慌てて消毒液臭い病棟を抜けて、隣の特別棟へと赴く。

 そこは死が迫っている患者に対し、苦痛を最小限に抑える『ホスピスケア』が行われている建物だ。来院者や入院患者で常に騒がしい病棟とは違い、ここはいつも静かだ。

 まるで、時間が止まったように。

 長い廊下の先にある奥の病室の前に立ち、軽くノックする。返事はない。
 もしかして寝ているのかも。

「失礼します」

 厚い扉を引き開けると、ベッドに腰掛け窓の外を覗く少女の姿があった。窓は少しだけ開いており、吹き込む春の風が薄い肌色のカーテンと、少女の黒い髪を揺らす。
 ぼくに気がついていないらしく、一度こほん、と咳をすると少女はすぐに振り向いた。少し痩せているが、一見どこにでもいる『少女』だ。

「はじめまして。担当の小野寺真吾です」
「……どうも」

 タブレットを操作し、少女のカルテに目を通す。

「函館美和さん。函館って珍しい名字だね」
「まぁ。よく北海道出身? って聞かれます。行ったことないけど」
「ホッカイドウ?」

 聞きなれない言葉の響きに、記憶が高校時代の教室へと導かれる。
「あー、歴史の授業で聞いたことあるよ」

 卒業してからまだ三年しか経っていないのに、はるか昔のことのように思えてしまう。そもそもあまり高校に通っていなかったので印象が薄いという理由もあるが。
 眉根を寄せる函館さんの顔を見て、ぼくは我に帰る。

「えっと、生年月日と年齢は言える?」
「二〇〇五年九月一〇日生まれの十七歳です……あの、なにか?」
「べ、別に。なんでもないですよ」

 そう言って頬の内側の肉を噛む。そうしないと噴き出してしまいそうだから。別に、函館美和に対して笑っているわけではない。ただ、目の前に広がっている珍妙な光景が可笑しいだけだ。
 ぼくは何度か深呼吸して落ち着くと、そのほかの函館さんの情報を流し読んでいくが、一つ未記入の欄があった。
 それは函館さんの余命の欄だ。

「それで函館さんはあと何年、生きられるんですか?」
「は?」

 嫌悪をあらわにした函館さんは立ち上がるが、すぐにふらついてベッドに座り込む。

「入院している人に対して失礼じゃない? 健康な人にはこの気持ち、わかんないでしょ」

 刺々しい口調の函館さんを見て、ぼくは彼女の怒りの理由に思い当たる。

「あぁ、まだ未登録なんですね」
「……登録?」

 函館さんが目を覚まして一週間は経っているはずだが、正規の看護師からはなにも説明されていないらしい。
 そういう情報も逐一教えて欲しいが、あまり強くは言えない。それに、その辺りのケアも医学的知見を持たないぼくたち、アシスタントナースの仕事だ。

 アシスタントナースとは正規の看護師から受けた仕事(主に雑務)をこなしながら、患者の精神的ケアを任せられる仕事だ。

 といっても医療行為や介護、介助などは今の時代、全て機械任せなのでぼくたちの役割は患者の見守り係、というかほとんど喋り相手だ。
 それにしても、一人で患者を受け持つなんてまだまだ先のことだと思っていた。アシスタントナースのボランティアとして働き始めてまだ二ヶ月しか経っていないのに。
 まぁ、仕方ないけど。

「あの!」

 函館さんは手をあげるが、患者衣の袖がずり落ちるのに気づいてすぐに手を下ろす。少しだけ見えた函館さんの腕は年頃の少女に比べると、やはり細い。

「さっきから微妙に会話が噛み合ってない気がするんだけど」
「函館さんが眠っていた間の歴史の話はまた後でします」
「歴史って」
「それと、さっきの余命の話なんですけど」

 ぼくはデバイスを操作し、液晶画面の中のLCTと書かれたアイコンをタップする。すると、デバイスからレーザー状に光線が発射され、空中に液晶同様の画面が表示される。

 寿命算出技術。
 通称:LCT(Lifespan Calculation Technology)

 そこにはぼくの余命が書かれている。

「ぼくはあと一年です」