あの日、桜の下で交わした約束

 ここ数日、とても寒い日が続いていた。雪が降るか、降らないかの狭間の温度を繰り返している。
季節は何度か巡り、気が付けば、社会人になってからもう数年が経っていた。

 瑠那は仕事と人間関係で自暴自棄になっていた。こういう時はいつも花恋に連絡を取ってしまう。
 おふろのお湯に半分沈みながら、瑠那は花恋にメッセージを送った。
『花恋は、どうして私を好きでいるの?』
『どうしてでしょうね。でも、先輩だから好きなんです』
『何年越しか分からない答え、返してもいい?』
『なんでしょう? いいですよ』
『私と付き合ってください。知っての通りこんな私だけど、それでも花恋が良いと言ってくれるのなら……』
『喜んで。ありがとうございます』

 晴れて、瑠那は花恋と付き合い始めた。お互いにサバサバとしている面があり、こまめに連絡を取るタイプではなかったので、気が向いたときに連絡を取り合う。お互いに変な気を遣わず、そんな、楽な仲だった。
 週末休みの花恋に合わせて休みを取っていたので、友達と会う日程を立てるときも、
「○日は?」と聞かれても、大体週末の事が多かったため、
「ごめん、予定が……」と言葉を濁らせ、別の日にしてもらっていた。
 もし、異性と付き合っていれば、
「ごめん、その日は彼氏とデートなんだ」などと言うことができたが、同性となると、なかなか言いづらかった。
「彼氏の写真見せてよ!」と言われた時に困るからだった。
 付き合ってからは、同性だと超えることのできない壁を改めて感じた。

 高校生の頃に、母に
「瑠那はどういう男の人が好きなの? もしかして、男じゃなくてもいいの?」と聞かれ、
「どっちでもいい」と答えたことがあった。
 面倒だと思ったので雑な言い方になってしまったが、瑠那の本心から出た言葉ということに間違えはなかった。
 その時の母の目を見てから、口外するのは止めようと思った。
 父はもっと固い人間だった。テレビのニュースで、同性婚訴訟のことが報じられると、「ありえない。気持ち悪い」と口にしていた。その後も暫く
「気持ち悪い。なんでそういう考えになるの? 意味が分からない」などとずっと呟いていた。
「あんたには一生理解できないよ。理解できないなら、だったら無視でもすればいい。そこまで貶(けな)す必要がどこにあるのか」と瑠那は思った。