あの日、桜の下で交わした約束

 その日の仕事中はあまり忙しくなく、時間の流れがゆっくりと感じていたにも関わらず、終業時間が近づいてくると、バタバタとし始めた。
「あぁ、また帰るのが遅くなってしまうな……」と、瑠那は内心諦めた。
 瑠那だけならば、すぐにその場を静かにさせることができた。すぐに仕事を片づけて、帰ることが可能だったのだ。だが、現実は都合よくいかない。
 瑠那は早番だったが、遅番の人がトラブルを起こし、全対処をしなければいけなくなった。1つ1つ、丁寧且つ迅速に片づけていく。
 ただ茫然と見ているトラブルを起こした張本人には、流石に苛々し、冷たい態度を取った。
 瑠那はここの会社の最年少で、勤務年数や、実務経験も、一番短いのだけど。
 普段ならば、そのトラブルはどんどんと大きさを増し、悪い方向へと加速をしていく一方なのだが、瑠那の対応により、すぐにその嵐はおだやかになった。
 自分では仕事のできない人間だと思っているが、周りを見ていると、恰も自分が、仕事ができる人間なのではないかと勘違いをしてしまいそうになることが嫌だった。
 やっと全対応が終わり、周りに挨拶をして帰った。遅番の人を除いて。
 駐輪場に行き、バッグをカゴの中に入れ、空を見上げた。
夕焼けの中を帰れるはずだったのに、空は暗くなり、月が顔を出していた。上り始めたばかりの下弦の月には、笑われているような感覚がして、少し不愉快だった。

 家に着き、仕事の道具を片づけ、着替えとメイクをし直して、花恋との待ち合わせ場所に向かった。
 電車の中で花恋とメッセージを何度か、送り合った。乗り換えを済ますと、気がついたら眠ってしまっていた。待ち合わせの駅に電車が到着をし、目が覚めた。我ながらグッドタイミングだと思った。
 花恋は少し早く着いたらしく、ゲームセンターに居ると連絡が来たので、戻ってくるまで駅の前で待っていた。
 花恋がやるゲームは、クレーンゲームなどではなく、アーケードゲームが多く、中でも音楽ゲームが好きでよくやっていることを知っていて、時間がかかることは分かっていたので、何も思わなかった。
 やがて、花恋が現れた。
「お待たせしてごめんね」
「いや、私こそお待たせしちゃってすみません」
「気にしないで。じゃぁ行こうか」
「そうですね」2人は歩き出した。