理夏《りか》と初めて会ったのは高校1年生の頃。
僕たちは同じ学校に通うクラスメイトだったが、何度か言葉を交わしたことがある程度で、特に仲が良かったわけでは無かった。
僕は僕で、同じバイトの女子と付き合うことになって浮かれまくってる時、理夏も先輩だかと付き合ってるなんて噂が聞こえて来た、ぐらいの関係のまま高校卒業。
特に彼女のことを意識することも無く、大学進学、卒業、そして社会人になった。
そんな彼女と再会したのは、とある年の同窓会。
みんなそれぞれ仕事やら人間関係やらに行き詰まりがちで、口から出るのがほとんど愚痴の類いといった重い雰囲気の中、バカみたいにケラケラと笑っている女、それが理夏だった。
僕自身、元々やりたかった仕事とはまったく違う職に就いていて、転職しようかどうか真剣に悩んでいる時期で、脳天気に笑う理夏の姿を見て正直ちょっとイラッとしてしまった。
酒が入っていたのもあって、思わず「うるせーなもう」と口に出してしまう。
すると理夏は、
「あれ、順平《じゅんぺい》くんじゃん、久し振り! 相変わらず格好いいね!」
と、笑いながら僕の背中をポンと叩いた。
自分で言うのも何だが、ブサイクじゃ無いにしても、決して格好いいなんて言われるようなルックスでは無い。
生涯でそんなセリフを言われたためしがないし、間違い無く冷やかしにきてるなこれは……と、さらに苛立ちが強まった。
仕事上のストレスも相まって、さらに汚い言葉が口を突いて出そうになったその時。
「私、好きだったんだよね順平君のこと! あっ、思わず言っちゃった、てへっ」
理夏は顔を真っ赤にしながら笑った。
周りの連中が「ヒューヒュー!」などと冷やかし始め、結婚行進曲をハミングしだす奴も出てきた。
「な、な、なに言っちゃってんの急に? バカじゃねーの!?」
僕は悪態をつきながらも、心臓はバックバク。
久し振りに会った理夏はとびきりの美人に……なんてドラマみたいなご都合主義とはいかないものの、その笑顔はとてもチャーミングで、くすんでいた僕の目にはとても眩しく、そして魅力的に映った。
とにもかくにも、それをきっかけに皆が皆、現実世界から高校時代に戻った。
あの蒸し暑い教室にタイムスリップしたかのように、恋バナだの下ネタだの、ワイワイガヤガヤし始める。
何となく気持ちも落ち着いてきて、僕と理夏はお互いの近況について語り合った。
僕はその時──というか今もだが──、新種の花を開発する仕事に携わっていた。
なぜこうなったのか自分でも不思議なぐらいなのだが、何故か僕にはこの仕事の才能があったらしい。
そして、理夏の話を聞いて驚いた。
「私は、お花屋さんやってるよ! 子供の頃からずっと夢だったんだ。凄いでしょ!」
そうやって無邪気に笑える彼女がとても羨ましかった。
と同時に、生まれて始めて“運命”というあやふやな存在を明確に感じた。
花を創る僕と、花を売る理夏。
彼女に関しては小さい頃からの夢だったみたいだが、僕はそんなの全然知らなかった。 そもそも、花の名前もろくに知らなかったほどで、気付いたらこの職に就いていた、って感じなのに。
でも、目指していたものじゃないからこそ、余計に何か非現実的な何かの気配を感じずにはいられなかった。
なによりも、時間を忘れるぐらいとにかく喋りまくって分かった確かなこと。
それは……シンプルに、僕と理夏はもの凄く気が合う、ってこと。
何時間でもひたすら話し続けることができて、価値観も似通っていて、お互いの見た目も気に入ってる……そんな2人が付き合うのに、時間がかかるわけがなかった。
最初は普通の恋人同士だったが、お互いに“もっと一緒にいたい!”という気持ちが抑えきれなくなり、早々に同棲することになった。
そのまま結婚しても良いと本気で思ったが、さすがに時期尚早すぎるだろと自重。
……が。
奔放な理夏は、ごく自然な流れで結婚に関する話を振ってきた。
「ねえ、結婚したら家事の分担どーする? 私、掃除好きだから掃除大臣やる!」
「オッケー。そんじゃ、僕は料理大臣だな。理夏に任せたりなんかしたら、腹がいつまで持つのやら……」
「ちょっと順平! それは失礼発言じゃない? 私のミスなんて砂糖と塩を間違えちゃったり、フライパン使ったら確実に焦がしまくったり、お皿に乗らないほど大量に作り過ぎちゃったりするぐらいなもんで……って、やばっ! お腹持ちそうにない! 順平正解!」
なんて、いちいち笑わせられたり。
「子供の名前どーする? キラっちゃう? それとも無難系? あっ、やっぱ私たちの子なら、花の名前を入れたいよね!!」
「パパ、ママ、じゃなくてずっと下の名前で呼び合いたいな~」
「順平と喋ってる時が1番幸せなんだから、おじいさんおばあさんになっても喋りまくるから覚悟しといてよね!」
などと、無邪気に話しかけてくる理夏。
人によっては、それを重く感じてしまったりする場合もあるのだろうが、僕は結婚するなら理夏以外考えられないって思っていたので、そんな会話を普通にニヤニヤしながら楽しんでいた。
少なくとも、彼女が“いつでもOK”なのは間違い無い。
それに関しちゃ僕も同じなのだが、理夏が好きだからこそ、彼女との結婚に対して真剣に向き合っていた。
幸せな結婚生活に必要なものは、現実と愛情の調和であると考えた僕は、自分の中であるハードルを設定した。
それは、僕がリーダーとして開発に携わっている新種の花〈ロンガヴィタ〉の完成。
ある画期的な特徴を持つ花、正直かなりの強敵なのだが、開花予想CGを理夏に見せたとき「めちゃくちゃ綺麗! 完成したらうちの店に置かせてね!」と大はしゃぎする姿が今も瞼に焼き付いている。
その高いハードルを越えたとき、僕は理夏にプロポーズする。
本当に自分勝手で何の根拠も無いものだけど、それを成し遂げた時、僕は心から本気で「理夏を幸せにするよ」と言えるような気がしていた……。
──そして現在。
僕と理夏はまだ結婚していない……どころか、別れの危機に直面していた。
気持ちが冷めたわけでも無く、浮気をしただの、性の不一致だのでもない。
ロンガヴィタの開発は順調に進み、奇しくも今日、ついに試作品第1号が完成し、通常環境で花が咲くかどうかを確認するため、種を家に持ち帰ってきた。
しかし、その家に理夏はもう居ない。
その理由は……特定ヒトアレルギー症候群。
数年前に初めて発見された新種の病。発症頻度は数千万人に1人という、治療法の手がかりすら掴めていない難病に、理夏が蝕まれてしまった。
その症状は『特定の人間と一定時間近くに居るだけで死んでしまう』という恐ろしいもの。
1番身近な人が発病の対象になることがほとんどで、別名〈離恋病《りれんびょう》〉とも呼ばれていた。
そして、理夏にとってその『特定の人間』が僕、という残酷な現実。
つまり、大好きな理夏のそばにいるだけで、この僕自身が原因で彼女を死に至らしめてしまう。
その上、特効薬も治療法も何も無い、不治の病と言われていて……。