ざわざわとした人の気配で目が覚めた。

 大学の敷地内にあるベンチで、どうやら僕はうたた寝していたらしい。

 講堂へと続く道は、多くの学生が歩いている。

 友達と笑いながらゆっくり歩く人、急ぎ足でどこかへ向かう人。これから冬へと向かう季節柄、その多くがコートやジャケットに身を包んでいる。

 なんの変哲もない、いつもの、ありふれた光景。

 僕はたまにここで、こんなふうに過ごしている。

 講義の合間や、バスの待ち時間なんかに。適当に本を開いたり、目の前の学生たちをぼんやり眺めたりしながら。

 いつもの、穏やかで退屈な時間。

 でも、ここに来るのは久しぶりだな。

 とある理由で、最近は大学にあまり通えていなかったから。

 そういえば、いつから復学したんだっけ?

 寝起きだからなのか、まだ頭がぼんやりしている。記憶をたぐっているうちに、おかしなことに気がついた。

 僕の服装だ。

 どういうわけか、僕はパジャマを着ている。

 家でいつも着ている、くすんだ青色の無地のやつ。目立たない色とデザインだけど、どこからどう見てもパジャマ以外のなにものでもない。

 TPOを考えると、これはかなりマズイのではなかろうか。

 僕はウケ狙いで、パジャマで登校するような性格じゃない。自分で言うのもなんだが、真面目で、ルール違反なんかとてもできない小心者だ。

 もしこれが別の誰かだったとしても、パジャマがそれほどウケるとは思えない。それどころか、この先ずっと会えば失笑されるくらいの、致命的な失態だろう。

 けれど、そんな僕を、目の前を歩く誰ひとりとして見てはいなかった。

 視線が合ったように感じても、それはすぐに逸らされる。

 まるで、僕なんかここにいないみたいに。

 存在感が薄いのは重々承知しているが、ここでこんな格好をしていても誰にも気づかれないほどなのか? それとも、『ちょっと変わったファッションだな』くらいで、これも案外ありなのか?

 ところで、どうして僕はパジャマで登校したんだろう。

 今朝は、そんなに慌てて家を出てきたか?

 だとしても、近所を歩いているあいだや、電車に乗るとき、どこかで気づくはずだ。ただでさえ今の季節、こんな薄着じゃ寒すぎる。

 そのはずなのに、僕は少しも寒さを感じていなかった。まるで、初夏の陽気に包まれているみたいに快適なのだ。

 そういえば……。

 僕は、どうやって大学まで来たんだ?

 いつもは、家を出てから駅まで歩いて電車に乗る。なのに今の僕は、鞄も、財布もスマホも持っていない。足下を見れば、靴さえ履いていなかった。

 じわりと、違和感が湧いてくる。

 いったい、なにがどうなっている?

 僕はどうしたっていうんだ?

 ここに来るまでのことが、なにひとつ思い出せないなんて。

「あんた、『新入り』みたいね」

 頭を抱える僕の横で、そんな声がした。