きみがこの世界からいなくなったのは、発症したことをあたしが告げられてから一〇〇日をほんの少しオーバーした頃だった。
 ついにきみが旅立ったことを知ったとき、悪趣味だと思いながら、あたしは指を折って日にちを数えてみた。どうやらちょうど、あたしたちがこっそりライブに出かけた、あの二泊三日分だけ、きみは生き永らえたらしい。春の陽気で雪が融けていくように、きみは安らかに永遠の眠りについたのだそうだ。


 その日、あたしは学校の合宿勉強会で数日間、山奥の青年研修施設に軟禁……じゃなかった、籠りきりになっていたので、その間はきみの病室に行くことができなかった。
 けれどきみはその間に、あたしがどんなに手を伸ばしても、つま先立ちをしてみても、絶対に届かない場所へ行ってしまった。こんなことなら強制参加を命じてきた進路指導部の教師をぶんなぐってでもボイコットすればよかったと思うけれども、きみはそんな乱暴な女を好きにはならないだろう。


 普段は少し着くずしている制服を正装に整えて、きみの告別式に出た。別れを告げる式。その言葉の意味を、まさかきみのお葬式で知ることになるなんて思わなかった。
 あたしはきみのご両親にお願いして、(ひつぎ)の中へ、ライブへ行ったときにあたしが着ていたTシャツを入れてもらった。気分の問題でしかないけれど、それでも、そうすることであたしはきみと一緒に飛び跳ねたり大声を上げたあの日を、ずっと忘れないでいられる気がしたのだ。


 大事なのは、モノよりも、記憶だ。
 今はそれだけで十分だった。



***



 あたしより少し背の大きかったはずのきみは、胸に抱えられる木箱に収まるほど小さくなってしまった。きみの時間は二十歳すら迎える前に止まってしまったけれど、あたしはこれからも時を刻んでゆく。きみの側に行けるころには、すっかりしわくちゃのばばあになっているはずだ。


 こんな別れをするなら、出会わなきゃよかった……なんてことは、たとえ嘘でも言えない。あたしはきみに、たくさんのモノやコトをもらった。
 いわばきみは、恋人であり、恩人だ。



 ただ、こんなにも大好きにさせておいて、あたしのことだけを置いていったきみのことは、大嫌いだ。
 あたしはもう何があっても、きみのことを忘れられない。他人を心の底から好きになることが、苦しくなってしまった。



 それでもあたしは、本当はきみのことを大好きでいたいと願ってやまないのだろう。さっきから、どうやっても止まってくれない涙が、その証拠だと思っている。
 だから、永遠の少し手前まで、あたしは記憶の中にいるきみとともに生きてゆくことを決めた。


 上着のポケットから取り出したイヤホンを、耳に突っ込む。繋がれたプレーヤーから流れるのは、あの日、きみと観に行ったライブのアンコールで歌われた曲だ。


 これ以上、涙をこぼさないように、空を見上げた。むかつくほど澄み切った青空が、そこにあった。ここに着いたときには、筆でなでつけたようなちぎれた雲が泳いでいたはずなのに、今はただ、どこまでも続いているように錯覚する、青一色だ。


 この空のように、あたしの心はすっかり、きみの色に染まったのだろう。
 最初は、あたしがきみのことを彩ってやろうと思っていたのに、結局は逆転されてしまった。





 やるじゃん。



 静かに呟いて、あたしは立ち上がって、迎えのバスの方へ歩いていった。



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