「哲也なにやってんだよ!早くお前の得意なフェイント出しちまえよ!」

 2階ギャラリーから突として聞こえてきた俺の声に、哲也は目をひと回り大きくさせていた。

「え、しゅ、修斗っ」
「哲也はフェイントが特技じゃねえか!なにいつまでも遊んでんだよ!早くいつも通り、騙しっこしてやれよ!」
「え……」
「気を付けろ横井ー!こっちの4番は、超ド級の嘘つきだぜー!」

 横井は俺を刹那睨みつけると、腰を落とし、哲也のマークに専念した。

「知らなかった。哲ちゃんってフェイント得意なの?」

 真那花はきょとんと聞いてきた。頬杖をつき、俺は鼻で笑う。

「いや。あいつのプレーは馬鹿正直すぎて、いっつも怒られてる」
「え、じゃあなんでそんなこと言ったの?」
「横井を惑わすため」
「惑わす?」
「哲也がフェイントを使う奴だって思い込ませるだけで、たとえ哲也の選択肢がひとつであっても横井は迷う。右か左か、パスかシュートかなんて、勝手に選択肢を作りあげてな」
「あー、なるほど」
「パスひとつにしたって1択だったのが4択に増える。それだけで、横井の黒目は忙しくなる」

 だから、思い切ったカットなんてできなくなる。

 コートの外からパスを受け取った哲也は左から抜け、速攻を狙った。横井は無論、ハイエナの足ですぐさま追いつく。スリーポイントラインまで来ると、コート右側を駆け抜けてきたのは智久だった。

「哲也!へい!」

 智久の俊足はピカイチで、去年の体育祭では悔しいが、俺は僅差で1位を譲った。
 どフリーな智久。普通ならどう考えたってここでパス。さっきまでの横井だったら迷わず哲也と智久ふたりが目に入るポジションをとるだろう。だけど彼は迷っているんだ。さっき失敗したレイアップシュートを、再び哲也が狙いにくるんじゃないかって、智久に向けられている哲也の目は、もしかしたら罠なんじゃないかって。
 だって南山校の4番は、フェイントが得意だから。

 シュッ。

 弧を少しも描かず、まるで空中に敷かれたレールの上を走ったようなボールは、確実に智久の胸元へ。

「くっそ!」

 シュートフォームを構えた智久に焦った横井は、ゴール下でジャンプをする。ついでに智久のマークマンも0.3秒遅れでやって来た。万歳ポーズの敵がふたり、リングを死守する。

 でももう遅いよ。本当にフェイントが得意なのは智久だからね。

 横井が目をひん剥いたのは次の瞬間。

「な、なに!?」

 智久からのバウンドパスを逆サイドで受け取った哲也は、ガラ空きのパーソナルスペースでシュートを決める。会場が静まり返った時に響く乾いた音がひとつ、スパンッと鳴った。

「ナイッシュー!哲也!」
「智久!ナイスパス!」

 第2クオーターはそこで終了。哲也と智久はハイタッチ。そしてふたり揃って俺を見上げると、それぞれの親指を立てて見せた。