たくさんの野菜とお米を積んだリアカーがギシギシと音を立てながら進んでいく。

いつの間にかリアカーの中に入り込んでしまったクロは、うとうとし始めている。

途中でスマホが振動したから画面を確認してみると、茂さんからメッセージが届いていた。



「茂さん、明日朝一の飛行機に乗って帰ってくるって」

「そっか、じゃあこっちに着くのは、お昼頃前だね」

曖瑠さんは明日の早朝に出発すると言っていたから、茂さんとは行き違いになってしまう。

曖瑠さんと離れてしまうのは少し寂しいけれど、きっとまたすぐに会えるだろう。



「沙希さん、もう体調は大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「ちょっと船着場に寄ってかない?」



船着場に帰ってくると、リヤカーに乗っていたクロが飛び出して、そのまま草むらの中に駆けて行ってしまった。

良い加減家に帰りたかったのだろう。初めてまやくんと散歩した時は夜だったから、随分と景色が違って見えた。

海の上には何隻か小さな漁船が浮かんでいる。空にはトンビが風に乗って弧を描いる。

遠くの山の輪郭も、はっきりと見えた。

景色に感動して何枚か写真を撮ったのは、言うまでもない。



「最初来た時より、随分明るくなったね」

「え?」



静まりきった水面から、小さな魚が飛び跳ねる。
 
言われるまで気付かなかった。そういえば、学校や家では全然話す方ではなかった。



「たぶん、まやくんや茂さん達のおかげだと思う。私、ここに来て本当によかった」


まやくんと過ごしているうちに、いつの間にか思ったことを口にできるようになった。

それに、こんなことを言えるようになったのは、少し積極的にもなったから、かも。

そういえば、神社にいた時に見た過去の自分は、男の子より先に階段を駆け上がっていた。やっぱり幼い頃の私は、活発だったのだろうか。



「沙希さん、忘れないで。生きていたら、辛いこともたくさんあると思う。でも、生きてさえいれば、きっとその辛いことも乗り越えるチャンスが来るから」

「どうしたの?急に」



まるでもう会えないかのような言い方をする。冗談を言っているような気がしなくて、お腹の底からヒヤリとしたものが湧いてきた。



「いや、沙希に言っておきたかったんだ。僕にとって、沙希は特別だから」

「え……」



そんなことを言われてしまうと、もう意識せずにはいられない。

というか、今呼び捨てにしなかった?

どうしてもそんな風に考えてしまうのは、正真正銘私の方が意識しているからだ。もう、いい加減に認めてしまおう。

今までの私であれば、こんな気持ちに出会うことすらなかっただろう。

だから、せめて私の気持ちを伝えなければ。



「わ、私もまやくんが特別……だと思う」



けれど今の私にはこれが精一杯だ。

当然ながら私はストレートに好きだと言える勇気なんて持ち合わせていない。

でも、大丈夫。焦る必要はない。夏休み期間も長いし、時間はたくさんあるはず。

来たるべき時にしっかり伝えられるように、大事にとっておこう。

沈黙が続けば続くほど、自分の心臓の鼓動に耐えられなくなる。

まやくんは、静かに「ありがとう」と言って私の方に近付いてきた。

そう思った瞬間、ふわりと全身をが優しく包み込まれた。

一瞬何が起きたのかわからなかったけれど、すぐにまやくんに抱きしめられていることに気が付いた。



「え……ちょっ……どうしたの」



必死に平常心を装うように繕おうとしたけれど、もちろんそんなことはできやしなかった。

高鳴った心臓の鼓動が聞こえてしまわないかと思うと、余計にドキドキする。

まやくんは何も言わず、しばらくの間私を抱きしめていた。



「沙希、もう大丈夫だね」



 耳元でそう囁くと、私を包んでいる腕が少しだけぎゅっと締まってから、ゆっくりと解かれた。



「びっくりさせてごめん」

「あ、うん、平気だけど……」

突然の出来事に正直どうして良いのかわからなくなってしまったけれど、それ以外にも、言葉では説明ができない感情が湧いてきたから、余計に戸惑った。