「沙希、おーい、沙希!」

「えっ?」



机の木目模様をぼうっと眺めながら考え込んでいると、絵里ちゃんが私を自分の世界から引き戻してくれた。



「沙希ってば、また一人でどっか行ってたでしょ」

「え……うん」

「何考えてたの?」

「何って……」

「聞きたいなー沙希が考えてたことー」

「別に……大した事じゃないよ」



私が考えることなんてちっとも面白くなんてないし、むしろ周りの人が嫌な思いをするから、たとえ絵里ちゃんでも話したくない。

けれど絵里ちゃんは、いつものように興味津々に聞いてくる。



「もう、その大した事じゃない話が聞きたいの」

「えっと……忘れちゃった。それより絵里ちゃんは進路どうするか考えてる?」



半ば強引に話を絵里ちゃんに振るのは私の常套手段となっている。



「もー沙希のこと聞きたかったのに」


口を尖らせてしまったけれど、私の質問には律儀にしっかり答えてくれる。


「私は小学校の先生」


小学校と聞いて少しもやっとしたけれど、私の目を真っ直ぐ見つめながら、はっきりと言ったから、すぐにそのもやもやはどこかに飛んでいってしまった。

絵里ちゃんはいつも笑顔でふわふわしている印象が強いけれど、時折見せる真っ直ぐな瞳を見せられると、ドキッとしてしまう。

やっぱり格好良くて、でも、そう思えば思うほど、私とは違うんだなんて思ってしまう。


「どうして教師なの?」

「うーん、私ってめっちゃ喋るの好きじゃん。だから相手に何かを伝えることってしょうに合ってるんだと思うんだよね。あ、でもアナウンサーみたいに決められていることを喋るのはあまり好きじゃないかな。というか、もっといろんな人と話していろんな人の考えを知りたいわけ、それで知ったこととかを誰かに伝えることができたらなーなんて考えたら、学校の先生に行き着いたんだ。それに小さい子供も好きだし、できれば小学校の国語の先生が良いかなって。あ、でも小学校だと担任の先生が全教科教えなきゃいけないか。ひえー大変だなー」

「すごい……」



 絵里ちゃんなら何にでもなれると思う。本当に。



「いやいや、全然すごくないよ。まだ漠然と思っているだけだし。どこの大学に進学すれば良いかもわかんないし。お父さんやお母さんに言ったら、頑張れ、絵里ならできる!しか言わないんだよ!もう、うちの両親適当かよ!」



最後はケラケラと笑ってしまった。

もしこんなに底抜けに明るい人が担任の先生だったら、きっと私みたいな人間でもそれなりに楽しい学校生活が送れたのではないだろうか。



「絵里ちゃんなら絶対になれるよ」

「ありがと!沙希が言ってくれると本当になれそうな気がしてきた!で、沙希は何になりたいの?」

「ええと……」


しまった振り出しに戻ってしまったなんて追い詰められていると、一限目が始まるチャイムが私を助けてくれた。

それからは特に問い詰められることはなく、というか、もう既に私が何になりたいのかという興味は授業中に見つけたであろう動物園の動画にすり替わっていた。

休み時間になると「これ見て!さっき見つけたの!可愛いよねえ」なんて言いながらカピバラがスイカを食べている動画を見せてくれる。

授業中に見つけたのか、なんて心の中で突っ込んでしまったけれど、それ以上に、その度胸が羨ましいとも思った。