岩場の平らなところにあぐらを書いている曖瑠さんは、耳にヘッドフォンを当てながら、スケッチブックに風景を写し込んでいくのに集中していた。
邪魔をしてはいけないと思って、後ろからそうっと回り込んでみたけれど、そう都合よく私の気配に気付く訳でもなく、一心不乱に鉛筆を動かしていた。
だから集中する曖瑠さんを邪魔しないよう、しばらく少し離れた岩陰で休憩することにした。
「あ……ちょっと、クロ!」
岩場に下ろされたクロは、曖瑠さんのとこに行ってしまった。
いや、正確には曖瑠さんの後ろに置いてあるカバンにだった。
クロは鞄の隙間に顔を突っ込んでゴソゴソと物色しはじめてしまった。
「んー?あれ、猫ちゃん。なんでこんなところにいんの?」
曖瑠さんは、スケッチブックを閉じて、クロを抱きかかえた。
「よしよし、可愛いやつだなー。おーそうか。水が飲みたいのか」
曖瑠さんは、鞄の中からミネラルウォーターを取り出すと、掌で窪みを作って、そこに水を注いだ。
クロは嬉しそうにピチャピチャと音を立てながら曖瑠さんの掌を舐めている。
「ははっ!くすぐったいなあ、もう」
「曖瑠さん」
「おお!沙希ちゃんじゃないか!」
曖瑠さんは私に驚いてはいなかった。多分、待っていたんじゃないかな。
持っているスポーツドリンクを渡すと、曖瑠さんはありがとうと言ってから、私の分も飲んでも良いよと言った。
もう一本は既に無くなりかけていたから、気遣って私に譲ってくれたのだろう。
「沙希ちゃんの猫だったんだ!てっきり岩場に猫が住んでいるのかと思ったよ!」
「あ、いや、ついてきてしまったので……連れて来ちゃいました」
「はっはっは!そっかー連れてきちゃったかー」
「絵、凄くお上手ですね」
プロとして活動している人に上手いと言うのは失礼だと、言ってから気がついた。
でも、曖瑠さんはいつものように、全く嫌な素振りをせずに、
「ちっちゃい頃から絵しか描いてこなかったからな!これだけが取り柄なんだ!」
と、大きくニカっと笑って八重歯を歯を見せた。
何もやってこなかった人からすれば、好きなことに対して真っ直ぐ挑んでいる曖瑠さんは、眩しいくらいに格好良い。
「沙希ちゃんは写真を撮る派なんだね」
ぶら下げていたカメラに気付いたようで、カメラを構えるジェスチャーをしている。
「あ、はい。全然下手ですけど……」
「そんな卑下すんなって!それより朝はごめんな。あたし、失礼なこと言っちゃってたよな」
「いえ、そんなそんな……」
私は反射的に首を横に振る。
きっと曖瑠さんは純粋な人なのだろう。
こうやって、後からでもしっかり自分の非を認めて謝るなんて、中々勇気のいることだと思う。
曖瑠さんは、格好良い。
「あたしさ、そんなつもりじゃなくても、たまに失礼なこと言って人を怒らせちまうんだ」
戒めるように自分の頭をコツンと小突く曖瑠さんだけれど、あざとさなんか微塵も感じなかった。
誠実で何をやっても可愛くて、大抵の人は私みたいに許してしまうだろう。
けれど、返ってきた言葉は、意外なものだった。
「で、いっつも人が離れていってさ、後から後悔すんの。あ、また言いすぎたなって」
岩肌には緩やかな波が当たり、小さな水飛沫をあげる。
その水飛沫が時々顔に当たった時に感じるヒヤリとした感覚が、はっきりと残っている。
「でもさ、沙希ちゃんはこうしてまた来てくれた。ありがとな」
……違うんです。
まやくんが言ってくれなかったら、きっと私はここに来る事はなかったんです。
こうして曖瑠さんと話す機会すら生まれなかったんです。
私は、そんなに強い人間ではないんです。
邪魔をしてはいけないと思って、後ろからそうっと回り込んでみたけれど、そう都合よく私の気配に気付く訳でもなく、一心不乱に鉛筆を動かしていた。
だから集中する曖瑠さんを邪魔しないよう、しばらく少し離れた岩陰で休憩することにした。
「あ……ちょっと、クロ!」
岩場に下ろされたクロは、曖瑠さんのとこに行ってしまった。
いや、正確には曖瑠さんの後ろに置いてあるカバンにだった。
クロは鞄の隙間に顔を突っ込んでゴソゴソと物色しはじめてしまった。
「んー?あれ、猫ちゃん。なんでこんなところにいんの?」
曖瑠さんは、スケッチブックを閉じて、クロを抱きかかえた。
「よしよし、可愛いやつだなー。おーそうか。水が飲みたいのか」
曖瑠さんは、鞄の中からミネラルウォーターを取り出すと、掌で窪みを作って、そこに水を注いだ。
クロは嬉しそうにピチャピチャと音を立てながら曖瑠さんの掌を舐めている。
「ははっ!くすぐったいなあ、もう」
「曖瑠さん」
「おお!沙希ちゃんじゃないか!」
曖瑠さんは私に驚いてはいなかった。多分、待っていたんじゃないかな。
持っているスポーツドリンクを渡すと、曖瑠さんはありがとうと言ってから、私の分も飲んでも良いよと言った。
もう一本は既に無くなりかけていたから、気遣って私に譲ってくれたのだろう。
「沙希ちゃんの猫だったんだ!てっきり岩場に猫が住んでいるのかと思ったよ!」
「あ、いや、ついてきてしまったので……連れて来ちゃいました」
「はっはっは!そっかー連れてきちゃったかー」
「絵、凄くお上手ですね」
プロとして活動している人に上手いと言うのは失礼だと、言ってから気がついた。
でも、曖瑠さんはいつものように、全く嫌な素振りをせずに、
「ちっちゃい頃から絵しか描いてこなかったからな!これだけが取り柄なんだ!」
と、大きくニカっと笑って八重歯を歯を見せた。
何もやってこなかった人からすれば、好きなことに対して真っ直ぐ挑んでいる曖瑠さんは、眩しいくらいに格好良い。
「沙希ちゃんは写真を撮る派なんだね」
ぶら下げていたカメラに気付いたようで、カメラを構えるジェスチャーをしている。
「あ、はい。全然下手ですけど……」
「そんな卑下すんなって!それより朝はごめんな。あたし、失礼なこと言っちゃってたよな」
「いえ、そんなそんな……」
私は反射的に首を横に振る。
きっと曖瑠さんは純粋な人なのだろう。
こうやって、後からでもしっかり自分の非を認めて謝るなんて、中々勇気のいることだと思う。
曖瑠さんは、格好良い。
「あたしさ、そんなつもりじゃなくても、たまに失礼なこと言って人を怒らせちまうんだ」
戒めるように自分の頭をコツンと小突く曖瑠さんだけれど、あざとさなんか微塵も感じなかった。
誠実で何をやっても可愛くて、大抵の人は私みたいに許してしまうだろう。
けれど、返ってきた言葉は、意外なものだった。
「で、いっつも人が離れていってさ、後から後悔すんの。あ、また言いすぎたなって」
岩肌には緩やかな波が当たり、小さな水飛沫をあげる。
その水飛沫が時々顔に当たった時に感じるヒヤリとした感覚が、はっきりと残っている。
「でもさ、沙希ちゃんはこうしてまた来てくれた。ありがとな」
……違うんです。
まやくんが言ってくれなかったら、きっと私はここに来る事はなかったんです。
こうして曖瑠さんと話す機会すら生まれなかったんです。
私は、そんなに強い人間ではないんです。