「ごめんください」
突然玄関の方から男性の声がした。
「さと子さん、旦那さんがお迎えに来ましたよ」
玄関の方に行くと、仙人のように白い髭を蓄えたおじいさんが立っていた。
背中は少し丸くなっていて、杖をついているその手は石のようにゴツゴツとしている。
「いつも本当にすみません」
そう言って、玄関で迎えた私達に何度もお辞儀をする。
「全然構いませんよ。最近家に来る頻度が増えてきたのがちょっと心配ですが」
「いや、本当に申し訳ない」
「気にしないでください」
おじいさんは再びまやくんに大きく頭を下げてから、私の方に穏やかな視線を送った。
「こちらのお嬢さんは?」
「茂さんの姪っ子さんです。昨日から家に来ているんですよ」
「こんにちは、一ノ瀬沙希と言います」
この場所と人に慣れてきたのか、それともさと子さんの登場があまりにも衝撃的で耐性が付いたのか、もう初対面の人に緊張することはなくなっていた。
「これはこれはご丁寧に。家内が迷惑かけて申し訳ない」
「いえ、迷惑だなんて、そんな」
「余計なこと言ってなかった?家内の話は半分聞くくらいで良いからね。さと子、そろそろ帰ろう」
そう言って、おじいさんはお茶を啜っているさと子さん肩をとんとんと叩く。
すると、さと子さんが「どちら様ですか」と真顔でおじいさんの方を向いた。
急に厳しい現実を突き付けられてしまったような感覚になった。
「あの、さと子さんって……」
聞く前に察したのか、おじいさんはいつものことのように、私に教えてくれた。
「うん、認知症って言ってね、脳の判断力や記憶力がなくなってきてるんだ。それに最近は症状が進んできて、なぜかこの家を自分のもう一つの家だと思い込んでいるんだ」
「そうだったんですね……」
「少しずつだけど、昔のことや、私のことも徐々に忘れていってる……わしらは沙希ちゃんと違って、もう良い年だからね」
あんなに元気で明るい人なのに、旦那さんであるおじいさんのことを忘れてしまっているなんて。
ふうっと溜息を吐くように話すおじいさんは、何かを諦めてしまっているように見えた。
それでも、さと子さんは、私を勇気付けてくれた。その事実は、しっかり伝えておかなければいけないと思った。
「私、さと子さんにすごく勇気付けていただきました」
「そうかい。そうかい」
おじいさんは噛み締めるように言った。
「ありがとう、沙希ちゃん。さと子、そろそろ帰ろうよ」
おじいさんはお茶を啜っているさと子さんの肩を叩く。
「帰るって、ここが私の家じゃないのかい」
当たり前のように言い切られると、どういう説明をすれば良いのかわからない。
もちろんここはさと子さんの家ではないけれど、さと子さんの中では紛れもなくさと子さんの家になっている。
このままだと、私達とさと子さんの意見が衝突してしまう。いくら何でも引きずって帰ってもらうわけにもいかないし。
「向こうにも家があるから、行ってみてはいかがでしょうか。僕が案内しますよ」
「おやまあ、生き神様がご案内してくれるなんて」
ひょっとするとこれはまずいのではと思ったけど、まやくんの一言で意外とあっさり解決した。
さと子さんはまやくんの提案を受け入れると、すぐに立ち上がった。生き神様まやくんの力は凄まじい。
「ちょっとさと子さんを送ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
「沙希さん、どうもありがとう」
玄関に見送りに行くと、おじいさんは私に深々と頭を下げた。
突然玄関の方から男性の声がした。
「さと子さん、旦那さんがお迎えに来ましたよ」
玄関の方に行くと、仙人のように白い髭を蓄えたおじいさんが立っていた。
背中は少し丸くなっていて、杖をついているその手は石のようにゴツゴツとしている。
「いつも本当にすみません」
そう言って、玄関で迎えた私達に何度もお辞儀をする。
「全然構いませんよ。最近家に来る頻度が増えてきたのがちょっと心配ですが」
「いや、本当に申し訳ない」
「気にしないでください」
おじいさんは再びまやくんに大きく頭を下げてから、私の方に穏やかな視線を送った。
「こちらのお嬢さんは?」
「茂さんの姪っ子さんです。昨日から家に来ているんですよ」
「こんにちは、一ノ瀬沙希と言います」
この場所と人に慣れてきたのか、それともさと子さんの登場があまりにも衝撃的で耐性が付いたのか、もう初対面の人に緊張することはなくなっていた。
「これはこれはご丁寧に。家内が迷惑かけて申し訳ない」
「いえ、迷惑だなんて、そんな」
「余計なこと言ってなかった?家内の話は半分聞くくらいで良いからね。さと子、そろそろ帰ろう」
そう言って、おじいさんはお茶を啜っているさと子さん肩をとんとんと叩く。
すると、さと子さんが「どちら様ですか」と真顔でおじいさんの方を向いた。
急に厳しい現実を突き付けられてしまったような感覚になった。
「あの、さと子さんって……」
聞く前に察したのか、おじいさんはいつものことのように、私に教えてくれた。
「うん、認知症って言ってね、脳の判断力や記憶力がなくなってきてるんだ。それに最近は症状が進んできて、なぜかこの家を自分のもう一つの家だと思い込んでいるんだ」
「そうだったんですね……」
「少しずつだけど、昔のことや、私のことも徐々に忘れていってる……わしらは沙希ちゃんと違って、もう良い年だからね」
あんなに元気で明るい人なのに、旦那さんであるおじいさんのことを忘れてしまっているなんて。
ふうっと溜息を吐くように話すおじいさんは、何かを諦めてしまっているように見えた。
それでも、さと子さんは、私を勇気付けてくれた。その事実は、しっかり伝えておかなければいけないと思った。
「私、さと子さんにすごく勇気付けていただきました」
「そうかい。そうかい」
おじいさんは噛み締めるように言った。
「ありがとう、沙希ちゃん。さと子、そろそろ帰ろうよ」
おじいさんはお茶を啜っているさと子さんの肩を叩く。
「帰るって、ここが私の家じゃないのかい」
当たり前のように言い切られると、どういう説明をすれば良いのかわからない。
もちろんここはさと子さんの家ではないけれど、さと子さんの中では紛れもなくさと子さんの家になっている。
このままだと、私達とさと子さんの意見が衝突してしまう。いくら何でも引きずって帰ってもらうわけにもいかないし。
「向こうにも家があるから、行ってみてはいかがでしょうか。僕が案内しますよ」
「おやまあ、生き神様がご案内してくれるなんて」
ひょっとするとこれはまずいのではと思ったけど、まやくんの一言で意外とあっさり解決した。
さと子さんはまやくんの提案を受け入れると、すぐに立ち上がった。生き神様まやくんの力は凄まじい。
「ちょっとさと子さんを送ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
「沙希さん、どうもありがとう」
玄関に見送りに行くと、おじいさんは私に深々と頭を下げた。