「さて、そろそろ戻りましょうか」



立ち上がろうとすると、クロは名残惜しそうに私の足に纏わりついてきた。

でも、私達が帰ってしまうということがわかると、さっきまでの甘えた様子はどこにいったのか、そそくさと暗闇の中へと消えていった。

帰り道にある草むらからは、ジー、ジーとかギッ、ギッとか、名前の知らない虫達の鳴き音が聞こえてくる。

騒がしい草むらを通り過ぎると、私達の靴音意外には何も聞こえなかった。

途中、道の脇からガサッという音が聞こえてきたけれど、もうそんなに驚かなかった。

そんなことより、まやさんが「沙希さん、でしたっけ」なんて、いきなり下の名前で呼ぶものだから、私は別の意味で驚いてしまった。



「下の名前で呼んで良いですか」



まやさんはぼそりとつぶやくように言った。



「ひゃ?……は、はい」



それにつられるかのように返事をしたら、やっぱり変な声が出てしまった。



「あと、敬語を使うのも、無しにしませんか」



それを封じられてしまったら、もう話すことさえままならなくなってしまうのですが。



「いきなり変えるのはちょっと……できるだけ頑張ってみますけど」

「……ですよね。急に勝手なこと言ってすみません。やっぱり言いやすい方にしましょう」

「そ、そうしましょう」



どうすれば良いのかわからない私は、まやさんと同じように「あはは」と笑っておいた。

辺りには、むずがゆい空気が漂っていた。