「……ご両親がいなくなってから、ずっと一人で暮らしてたんですか?」
私は慎重に言葉を選んだ。
まやさんは少し間を置いてから、ゆっくりと、丁寧に答えた。
「はい。ほとんどの期間は一人で過ごしました。時々親切な人が声をかけてくれて一緒に過ごしたこともあったんですけど……やっぱり長い期間は一緒に居られなかったんですよね」
「どうしてですか?」
「結局のところ、血のつながっていない他人同士ですから」
「……一人暮らしは大変じゃなかったですか?」
「やっぱり大変でした。体調が悪い時はご飯も作れませんし」
「寂しくなかったですか?」
「そうですね……時々どうしようもなく寂しくなる時がありました」
「ここを離れようとは思わなかったんですか?」
「そりゃ何度も思いましたよ。でも、探している人に会うためには、ここに居続けた方が良いような気がしたので、結局は留まり続けることを選びました。今は茂さんもクロ達もいるから全然寂しくな……って、一ノ瀬さん?」
まやさんは私の顔を見て驚いていた。
その時、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あれ……ごめんなさ……」
この人は一体どれくらいの間、どれだけ寂しい思いをしてきたのだろう。
まやさんはクロの両脇を抱えて持ち上げる。胴体が重力に引っ張られてだらんと伸びると、クロは少しだけ嫌そうな顔をした。
構わずそのまま膝の上に乗せると、伸ばされた胴体がもとのサイズに戻る。
「一ノ瀬さんは優しい方ですね」
優しいだなんて、そんな。
私はまやさんの言う通り、勝手にありもしないことばかり考えて勝手に自爆する。
しかも勝手に泣き出てしまうなんて、どれだけ面倒臭い人間なんだろう。
「こんなに真剣に聞いてくれたのは、一ノ瀬さんが初めてかもしれません」
「今までに会った人は、聞いてくれなかったのですか」
「もちろん最初は、正直にこれまでの経緯を説明していました。でも、そうすると、大抵警察や児童相談所に連絡されてしまうんです。そうなると、もうここに居ることは難しくなるんですよね」
だから長いこと一緒に居られないと言っていたんだ。
もちろん子供が一人でフラフラしているのをそのまま野放しにする訳にはいかないから、連絡されるのは仕方のないことなのかもしれない。
それに、施設に行けば生活に困ることはなくなる。
自分でご飯を作る必要がないし、寝るところだってある。風邪をひいて体調を崩しても、看病だってしてくれるだろう。
でも、もし施設に行ってしまったら、自由に動けなくなる。万が一まやさんが探し続けている人が帰ってきた時に会えない可能性が出てくる。
大人は子供を守ってくれる。けれど、大人が介入することで、上手くいかないことだってたくさんある。
まやさんは居心地の良さよりも、その人を探すことを選んだんだ。
「茂さんにも、本当のことは話していないのですか」
「いえ、茂さんは僕の事情を知っています。最初は僕も警戒していたから、茂さんには夏休み期間中に一人旅をしていると言ってたんです。そしたら、茂さんは特に何も問い詰めず『ここに居たらいいよ』と言ってくれたんです。でも、さすがに一ヶ月以上はさすがに怪しまれると思ったので、僕の方から本当のことを言いました。でも、茂さんは『人はみんな事情を抱えて生きているもんだよ』とだけ言ったまま、ずっと住まわせてくれているんです」
「そうだったんですね」
「一人で暮らしていると、変な目で見てくる人も多くて正直ちょっとうんざりしていたんです。人と関わりたくないなって。そんな時に、茂さんに出会えたので、本当に良かったです」
茂さんは、まやさんの恩人のようだ。
確かに、最初に茂さんと出会った時、何の抵抗もなく、でも私に対して決して子供扱いするわけでもなく、一人の人間として接してくれたような気がする。
私を見ず知らずのところに連れてくる多少の強引さはあるけれど、結果的にこうして今まやさんにも出会えたのは、紛れもなく茂さんのおかげだ。
じっとすることに飽きたのか、クロがまやさんの脇の間からスルリと抜け降りた。
私は慎重に言葉を選んだ。
まやさんは少し間を置いてから、ゆっくりと、丁寧に答えた。
「はい。ほとんどの期間は一人で過ごしました。時々親切な人が声をかけてくれて一緒に過ごしたこともあったんですけど……やっぱり長い期間は一緒に居られなかったんですよね」
「どうしてですか?」
「結局のところ、血のつながっていない他人同士ですから」
「……一人暮らしは大変じゃなかったですか?」
「やっぱり大変でした。体調が悪い時はご飯も作れませんし」
「寂しくなかったですか?」
「そうですね……時々どうしようもなく寂しくなる時がありました」
「ここを離れようとは思わなかったんですか?」
「そりゃ何度も思いましたよ。でも、探している人に会うためには、ここに居続けた方が良いような気がしたので、結局は留まり続けることを選びました。今は茂さんもクロ達もいるから全然寂しくな……って、一ノ瀬さん?」
まやさんは私の顔を見て驚いていた。
その時、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あれ……ごめんなさ……」
この人は一体どれくらいの間、どれだけ寂しい思いをしてきたのだろう。
まやさんはクロの両脇を抱えて持ち上げる。胴体が重力に引っ張られてだらんと伸びると、クロは少しだけ嫌そうな顔をした。
構わずそのまま膝の上に乗せると、伸ばされた胴体がもとのサイズに戻る。
「一ノ瀬さんは優しい方ですね」
優しいだなんて、そんな。
私はまやさんの言う通り、勝手にありもしないことばかり考えて勝手に自爆する。
しかも勝手に泣き出てしまうなんて、どれだけ面倒臭い人間なんだろう。
「こんなに真剣に聞いてくれたのは、一ノ瀬さんが初めてかもしれません」
「今までに会った人は、聞いてくれなかったのですか」
「もちろん最初は、正直にこれまでの経緯を説明していました。でも、そうすると、大抵警察や児童相談所に連絡されてしまうんです。そうなると、もうここに居ることは難しくなるんですよね」
だから長いこと一緒に居られないと言っていたんだ。
もちろん子供が一人でフラフラしているのをそのまま野放しにする訳にはいかないから、連絡されるのは仕方のないことなのかもしれない。
それに、施設に行けば生活に困ることはなくなる。
自分でご飯を作る必要がないし、寝るところだってある。風邪をひいて体調を崩しても、看病だってしてくれるだろう。
でも、もし施設に行ってしまったら、自由に動けなくなる。万が一まやさんが探し続けている人が帰ってきた時に会えない可能性が出てくる。
大人は子供を守ってくれる。けれど、大人が介入することで、上手くいかないことだってたくさんある。
まやさんは居心地の良さよりも、その人を探すことを選んだんだ。
「茂さんにも、本当のことは話していないのですか」
「いえ、茂さんは僕の事情を知っています。最初は僕も警戒していたから、茂さんには夏休み期間中に一人旅をしていると言ってたんです。そしたら、茂さんは特に何も問い詰めず『ここに居たらいいよ』と言ってくれたんです。でも、さすがに一ヶ月以上はさすがに怪しまれると思ったので、僕の方から本当のことを言いました。でも、茂さんは『人はみんな事情を抱えて生きているもんだよ』とだけ言ったまま、ずっと住まわせてくれているんです」
「そうだったんですね」
「一人で暮らしていると、変な目で見てくる人も多くて正直ちょっとうんざりしていたんです。人と関わりたくないなって。そんな時に、茂さんに出会えたので、本当に良かったです」
茂さんは、まやさんの恩人のようだ。
確かに、最初に茂さんと出会った時、何の抵抗もなく、でも私に対して決して子供扱いするわけでもなく、一人の人間として接してくれたような気がする。
私を見ず知らずのところに連れてくる多少の強引さはあるけれど、結果的にこうして今まやさんにも出会えたのは、紛れもなく茂さんのおかげだ。
じっとすることに飽きたのか、クロがまやさんの脇の間からスルリと抜け降りた。