私たちは流木に腰掛け、空を眺めることにした。
クロはここが僕の定位置だと言わんばかりの顔で、私とまやさんの間に座っている。
途中、何度も私の顔を見ながらナー、ナーと何かを訴える。ご飯が欲しいのだろうか。
「クロが写真を撮ってくれって言ってますよ」
「え……本当ですか?私、てっきりお腹が空いているのかと」
「あはは!たしかに、それもあるかもしれませんね」
大体の外にいる鳥や野良猫はカメラを構えるとすぐに逃げてしまうから、なかなか写真に収めることができなかった。まさかクロの方から写真を撮って欲しいだなんて。
猫本人から撮影の許可が下りるのなんてそうそう無い。これは絶好のチャンスだ。
これだけ暗いとシャッタースピードを下げたいところだけれど、じっとしているわけでもなさそうだから、きっとブレてしまうだろうから夜間モードにしよう。
本人が撮っても良いと言ってくれているのだから、何枚か試し撮りをするのも良いかもしれない。
許可も無くカメラを向けてしまったことへの罪悪感が拭い切れていなかったから、今度は「失礼します」と一言添えてから撮影に入った。
クロは不思議そうに首を傾げながらレンズの方を向いている。
カシャカシャカシャカシャ。
夜間モードは一回の撮影ボタンでシャッターが四回も切られてしまう。静寂の広場でのシャッター音は意外と大きかった。また驚かしてしまったのでは……
なんて思ったのは、どうやら私の杞憂だったようだ。
クロは涼しい顔をしながらレンズに鼻を近づけると、興味深そうにすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。顔のアップを取るなら今しかない。
思う存分クロをカメラに収めた私は、レンズにゴミが付かないようカバーをして、流木の窪みに置いた。
私がカメラを置いてしまうと、クロは再び何かを訴えるかのようにナーナーと鳴きはじめた。
「どうしたの?」
何かを訴えているようなに、ナー。私の顔を見ながら、ナー。
「何て言っているんでしょうか」
「うーん……わかりません」
まやさんは何かを訴えているクロの喉元を人差し指で優しく撫でる。
クロは目をうっとりさせながら、喉をゴロゴロと鳴らしている。
「クロが何を考えているのかなんて、クロ本人にしかわかりません。僕達のように話せませんし」
たしかに。
「僕達は雰囲気や動作、声のトーンなどの情報から、想像するしかないんです」
クロが鳴いたのを見て、私はお腹が空いているのではないかと思った。
一方で、まやさんは写真を撮って欲しいのではないのかと思った。
でも、本当のことは、クロにしかわからない。
人間同士なら、言葉を使って相手に伝えることができる。でも、それができないとなると、相手がどう思っているのかを知るのは至難の業だ。
「一生懸命想像したからって、必ずしもそれが正解だとは限らないんですけどね」
それもそうだ。
結局のところ想像は想像でしかないから、間違いも多い。
だから何度も相手に向き合い、少しづつ正解を手繰り寄せるしかない。
「相手が人間だとしても、同じようなことが言えるかもしれません。でも、僕らは言葉が使えるので、動物よりは想いを伝えやすいとは思います」
たしかにそうだけど、むしろ人間の方が難しいのではないだろうか。
言葉が人を傷つけてしまうこともあるし、誤解を招くこともあるし。
「わ、私は、人間だけど話すのが苦手だから……動物の気持ちが少しはわかるかもしれません」
私は、ほかの人に聞かれたらどうしようとか、余計なことを言っていたんじゃないかとか、そんな悪いことばかり考えてしまう。
だから極力相手に自分のことを話したり、相手のことを聞いたりするのを避けている。
いつも私のことを聞きたいと言ってくれる絵里ちゃんを拒否し続けてしまっている。
本当は話したいのに、明るく振る舞わないといけないって思うと、どう話せば良いのかがわからなくなる。そして話せないと、どんどん申し訳なくなってくる。
まやさんが腕組みをしながら考え込んでしまったから私は「変なこと言ってしまってすみません」と謝罪した。
撫でられるのを辞められたのが不満なのか、まやさんに向かってナーと鳴いた。
まやさんの人差し指が再び喉元をさすると、クロは満足そうな顔をする。
「僕は一ノ瀬さんが話すのが苦手とは思いません。僕の話を興味深々に聞いてくれましたし、夕食の準備をしている時に、一ノ瀬さん自身のこともたくさん話してくれましたし」
「それは……まやさんのことが気になったからというか……」
「気になった?」
「あ、いえ、ただ、話しやすいという意味で……!」
べ、別にそういう意味じゃなくて……!
もにょもにょと言い訳をする。って、どうして私はこんなに焦っているのだろう。
あわあわしてしている私を、まやさんとクロは不思議そうに見つめてきたから、余計に顔が熱くなってきた。ここが街灯の光だけで助かった。
「あははっ……!やっぱり一ノ瀬さんって面白い方ですね」
突然まやさんが吹き出す。面白いって一体……。
「僕も一ノ瀬さんだと話しやすいです」
「そ、それはどうも、ありがとうございます」
まやさんはそれ以上何も言わなかったけれど、私が話しやすいと思っていた人が同じように思ってくれていると思うと、それだけで妙に嬉しくなった。
クロはここが僕の定位置だと言わんばかりの顔で、私とまやさんの間に座っている。
途中、何度も私の顔を見ながらナー、ナーと何かを訴える。ご飯が欲しいのだろうか。
「クロが写真を撮ってくれって言ってますよ」
「え……本当ですか?私、てっきりお腹が空いているのかと」
「あはは!たしかに、それもあるかもしれませんね」
大体の外にいる鳥や野良猫はカメラを構えるとすぐに逃げてしまうから、なかなか写真に収めることができなかった。まさかクロの方から写真を撮って欲しいだなんて。
猫本人から撮影の許可が下りるのなんてそうそう無い。これは絶好のチャンスだ。
これだけ暗いとシャッタースピードを下げたいところだけれど、じっとしているわけでもなさそうだから、きっとブレてしまうだろうから夜間モードにしよう。
本人が撮っても良いと言ってくれているのだから、何枚か試し撮りをするのも良いかもしれない。
許可も無くカメラを向けてしまったことへの罪悪感が拭い切れていなかったから、今度は「失礼します」と一言添えてから撮影に入った。
クロは不思議そうに首を傾げながらレンズの方を向いている。
カシャカシャカシャカシャ。
夜間モードは一回の撮影ボタンでシャッターが四回も切られてしまう。静寂の広場でのシャッター音は意外と大きかった。また驚かしてしまったのでは……
なんて思ったのは、どうやら私の杞憂だったようだ。
クロは涼しい顔をしながらレンズに鼻を近づけると、興味深そうにすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。顔のアップを取るなら今しかない。
思う存分クロをカメラに収めた私は、レンズにゴミが付かないようカバーをして、流木の窪みに置いた。
私がカメラを置いてしまうと、クロは再び何かを訴えるかのようにナーナーと鳴きはじめた。
「どうしたの?」
何かを訴えているようなに、ナー。私の顔を見ながら、ナー。
「何て言っているんでしょうか」
「うーん……わかりません」
まやさんは何かを訴えているクロの喉元を人差し指で優しく撫でる。
クロは目をうっとりさせながら、喉をゴロゴロと鳴らしている。
「クロが何を考えているのかなんて、クロ本人にしかわかりません。僕達のように話せませんし」
たしかに。
「僕達は雰囲気や動作、声のトーンなどの情報から、想像するしかないんです」
クロが鳴いたのを見て、私はお腹が空いているのではないかと思った。
一方で、まやさんは写真を撮って欲しいのではないのかと思った。
でも、本当のことは、クロにしかわからない。
人間同士なら、言葉を使って相手に伝えることができる。でも、それができないとなると、相手がどう思っているのかを知るのは至難の業だ。
「一生懸命想像したからって、必ずしもそれが正解だとは限らないんですけどね」
それもそうだ。
結局のところ想像は想像でしかないから、間違いも多い。
だから何度も相手に向き合い、少しづつ正解を手繰り寄せるしかない。
「相手が人間だとしても、同じようなことが言えるかもしれません。でも、僕らは言葉が使えるので、動物よりは想いを伝えやすいとは思います」
たしかにそうだけど、むしろ人間の方が難しいのではないだろうか。
言葉が人を傷つけてしまうこともあるし、誤解を招くこともあるし。
「わ、私は、人間だけど話すのが苦手だから……動物の気持ちが少しはわかるかもしれません」
私は、ほかの人に聞かれたらどうしようとか、余計なことを言っていたんじゃないかとか、そんな悪いことばかり考えてしまう。
だから極力相手に自分のことを話したり、相手のことを聞いたりするのを避けている。
いつも私のことを聞きたいと言ってくれる絵里ちゃんを拒否し続けてしまっている。
本当は話したいのに、明るく振る舞わないといけないって思うと、どう話せば良いのかがわからなくなる。そして話せないと、どんどん申し訳なくなってくる。
まやさんが腕組みをしながら考え込んでしまったから私は「変なこと言ってしまってすみません」と謝罪した。
撫でられるのを辞められたのが不満なのか、まやさんに向かってナーと鳴いた。
まやさんの人差し指が再び喉元をさすると、クロは満足そうな顔をする。
「僕は一ノ瀬さんが話すのが苦手とは思いません。僕の話を興味深々に聞いてくれましたし、夕食の準備をしている時に、一ノ瀬さん自身のこともたくさん話してくれましたし」
「それは……まやさんのことが気になったからというか……」
「気になった?」
「あ、いえ、ただ、話しやすいという意味で……!」
べ、別にそういう意味じゃなくて……!
もにょもにょと言い訳をする。って、どうして私はこんなに焦っているのだろう。
あわあわしてしている私を、まやさんとクロは不思議そうに見つめてきたから、余計に顔が熱くなってきた。ここが街灯の光だけで助かった。
「あははっ……!やっぱり一ノ瀬さんって面白い方ですね」
突然まやさんが吹き出す。面白いって一体……。
「僕も一ノ瀬さんだと話しやすいです」
「そ、それはどうも、ありがとうございます」
まやさんはそれ以上何も言わなかったけれど、私が話しやすいと思っていた人が同じように思ってくれていると思うと、それだけで妙に嬉しくなった。