「今日は星がよく見えるよ」



冷蔵庫にビール取りに行った茂さんが、窓から外を見ながら言った。



「一ノ瀬さん、良かったら少し外を歩きませんか」

「こ、こんな夜にですか?」

「夜に出歩く人はほとんどいませんので、心配しないでください。それに、僕も付いていますし」



僕も付いていますという言葉が不思議と私を安心させてくれる。

さっきまで落ち込んでいたのに、夜に外を散歩するという好奇心が私を動かそうとしてくる。



「それじゃ、茂さん行ってきます」

「行って来ます」

「沙希ちゃん、カメラ持っていったら?」

「え……?」



玄関の方に行こうとしたら、茂さんに慌てて私を呼び止めた。



「絶対に持っていった方が良いって!」



絶対にと言われたら、持って行かないわけにはいかない。それにカメラの存在を思い出したら、一緒に連れて行きたくなってきた。

まやさんを待たせるのは申し訳ないから、どうしようかと悩みながら顔をチラリと見たら、にこりと笑って「待ってます」と言ってくれた。



「ごめんなさい!すぐに取ってきます」



急いで自分の部屋に戻り、キャリーバッグを漁ってカメラを取り出すと、すぐに回れ右をして来た道を戻る。

階段は通り手すりを持ちながらゆっくり降りたけど、ほかはできる限り急いだ。



「お待たせしました」

「それじゃ、行きましょうか」

「二人ともいってらっしゃい」



玄関の照明スイッチを入れると、吊るされた電球が不十分な暖光色の光を放つ。

頼りないけれど暖かみのあるその色が、私たちの頭上から足元をぼんやりと照らす。

ガラガラと戸を引く音が玄関中に響き渡る。

道の向こうに茂る林の中から、鳥なのか獣なのかよくわからない鳴き声が聞こえてきた。けれど車や電車など、人の手によって造られた音は一切存在しない。

外は驚くほど静かだった。

玄関から出てすぐに頭を上げると、私はその景色に息を呑んだ。


「すごい……」



無意識に言葉がこぼれた。

澄み切った夜空には、所狭しと星が並んでいる。

ひとつひとつ見てみると、どの星も微妙に明るさが違っていて、同じものはひとつもない。十数年生きてきて、ようやく『満天の星空』というものを目撃できたような気がした。



「私、空にこんなにたくさんの星があるなんて、知りませんでした」

「この辺りは空気が澄んでいますし、余計な明かりもありませんので、よく見えるんです。『星の聖地』とも呼ばれているくらいですし」



なんだか凄いところに来てしまった。



「まあでも、星がよく見えるところは、田舎だという捉え方もできますけどね」

「素敵なところだと思います」

「僕もそう思います」



思わず『素敵』なんて言葉を使ってしまった自分が恥ずかしくなってきた。

でも、それ以上に、素敵ですねという言葉に対して、素直にそう思いますと答えてくれるのも、想定していなかった。



「こ、これだけ星があったら、星座作り放題ですね」



話を逸らそうと頭に浮かんだ言葉を口にする。

まやさんは一瞬きょとんとした顔で私を見ていた。どうしたんだろうと思った瞬間、



「ふ、あはは!本当ですね!」



と、また私の言葉がツボにはまったのか、吹き出してしまった。



「また私、変なこと言っちゃいました?」

「あ、すみません。昔、まったく同じようなことを言っていた子がいたなと思って」

「え……そうなんですか」

「はい。よく一緒にこうやって星を指でなぞって星座を作っていました。フクロウ座とか食パン座とか」

「食パン座……」



確かにこれだけの星があると、想像力次第でどんな星座だって作れるだろう。



「向こうの船着場まで行ってみましょう。開けたところに行けば、もっとよく見えますよ」



そう言って、街灯がない暗闇の道を案内してくれた。