部屋の中はまだ少しだけ煙たさが残っているけれど、鼻が慣れてきたのか、さほど気にならなくなってきた。
「ここでしか食べられないものをご馳走しよう」
茂さんは冷蔵庫から発泡スチロールの箱を持ってきたから中を覗いてみると、拳大ほどのゴツゴツした岩のようなものがたくさん入っていた。
「これはなんですか?」
「岩牡蠣だよ」
「かき……ですか?」
旅行番組だったかグルメ番組だったか忘れたけれど、テレビでは見たことがある。
ただの岩のようなよくわからない物体にしか見えないけど、リポーターはいつも大袈裟ににリアクションするくらいだから、相当美味しいものなのだろうとは思っていた。
「もしかして牡蠣を食べるのは初めて?」
「はい」
「ほう……!ということはこれから初めて牡蠣を食べる感動を味わえるんだね!そいつは羨ましい!」
そう言って、茂さんは網の上に牡蠣を並べながらこの辺りの牡蠣事情を説明してくれた。
この辺りの海は湾になって餌が豊富にあるため一年中取れる。恵まれた環境で育った牡蠣は肉厚で濃厚な味をしていて、全国に出荷されるほどの名産品になっている。
特にこの辺りで取れるものは高級品として扱われるけれど、地元に住んでいる人からすると、普段から食べ慣れているものらしい。
お母さんも小さい頃は牡蠣を食べて育ったのだろうか。
「磯崎さんのところに行った時に姪が来ているって言ったら『これ食べさせてやれ』って頂いたんだ」
見ず知らずの人にどれだけ歓迎されているのだろう、私。
「明日、お礼を言いに行ったほうがいいですよね」
「ああ、今度会った時でいいよ」
「え、そうなんですか?悪くないですか」
「磯崎さんに会ったとき、その時に『美味しかったです』って言っておけば大丈夫」
「僕も明日網の修理を手伝う時にお礼を言っておきますので、気にしないでください」
まやさんがトングを使って網の上に並べられた牡蠣達を丁寧に裏返し、アルミホイルを被せる。
途中で殻の間から汁が吹き出たみたいで、じゅーという食欲を刺激する音を立てている。
炊飯器ごと用意してくれていたお米は遠慮しておいて正解だった。
まやさんは二回くらいおかわりしていたけれど、男の子だし、これくらいは易々と入るのだろう。
「そろそろですかね」
「うん。良いんじゃない」
茂さんが同意すると、まやくんが軍手を嵌めた手で網の上にある一番大きな牡蠣を手に取った。
あちちと言いながら素早く小刀のようなナイフを殻の間に差し込んで殻を開く。
大きな身が上蓋のようになった殻にくっついて出てきて、それを器用にナイフで切り離すと、殻ごと私のお皿の上に置いてくれた。
丸みを帯びた殻の底には、十分に熱された汁が残っていて茂さんが「この汁が美味しいんだよ」が教えてくれた。
「どうぞ。焼き立てが一番美味しいですよ」
「はい。いただきます」
まやさんに促されるまま、お皿に置かれた牡蠣の身をお箸で持ち上げる。
さっきまで炙られていた牡蠣の身は、ゆらゆらと湯気を放っている。火傷をしないように何度もふうふうと息を吹きかけ、慎重に口へと運ぶ。
正直見た目はちょっとあれだったけれど、口に入れてしまえば特に気にならなくなった。
身は適度に弾力があり、噛むとすぐに磯の香りが口一杯に広がる。ちょうど良い具合の天然の塩加減が、さっきまで感じていた満腹感を忘れさせてくれる。
スーパーで売っているカキフライは何度か食べたことがあったけれど、それと比べるのは、あまりにも失礼だと思った。
「ふ……あははっ」
「……っ?」
突然まやさんが吹き出した。またツボにハマってしまったのだろうか。
「そんなに美味しいんですね」
「な、なんでわかったんですか⁉︎」
むぐむぐと牡蠣を飲み込んでから私は慌てて聞き返した。
「顔に出てますよ。一ノ瀬さんはやっぱりわかりやすいですね」
「うっ……」
わかりやすい。
その言葉が、私の耳にいつまでも纏わりついてくる。
感情が表に出して相手を怒らせてしまったから、腕を見せものにされてしまった。だからあれ以来、極力何も起こらないように、嬉しいことも悲しいことも全部表に出ないように努めてきた。
でも、実は隠しきれていなかったのかもしれない。だとすれば、かなりまずい。
「すみません……」
「どうして謝るんですか?」
「いえ、なんでも……」
喉が渇いたわけではなかったけど、麦茶が入ったコップ手に取って、縁を下唇に当てた。
「……私って、やっぱりわかりやすいですか」
「はい。とても」
そんなことないですよという返事を期待していたわけではないけれど、返ってきたのは、何一つ曇りのない肯定の言葉だった。
まやさんは焼いた牡蠣をまず茂さんのお皿に乗せてから、自分のお皿に乗せている。相変わらず気配りが凄い。
「嬉しそうな一ノ瀬さんの顔を見れて良かったです」
「いや、そんな……こちらこそ……」
もごもごと言っていると、まやさんはまた焼けた牡蠣をお皿に置いてくれた。
二つ目もやっぱり美味しかったけど、今度はまやさんに悟られないように気を付けながら飲み込んだ。
「ここでしか食べられないものをご馳走しよう」
茂さんは冷蔵庫から発泡スチロールの箱を持ってきたから中を覗いてみると、拳大ほどのゴツゴツした岩のようなものがたくさん入っていた。
「これはなんですか?」
「岩牡蠣だよ」
「かき……ですか?」
旅行番組だったかグルメ番組だったか忘れたけれど、テレビでは見たことがある。
ただの岩のようなよくわからない物体にしか見えないけど、リポーターはいつも大袈裟ににリアクションするくらいだから、相当美味しいものなのだろうとは思っていた。
「もしかして牡蠣を食べるのは初めて?」
「はい」
「ほう……!ということはこれから初めて牡蠣を食べる感動を味わえるんだね!そいつは羨ましい!」
そう言って、茂さんは網の上に牡蠣を並べながらこの辺りの牡蠣事情を説明してくれた。
この辺りの海は湾になって餌が豊富にあるため一年中取れる。恵まれた環境で育った牡蠣は肉厚で濃厚な味をしていて、全国に出荷されるほどの名産品になっている。
特にこの辺りで取れるものは高級品として扱われるけれど、地元に住んでいる人からすると、普段から食べ慣れているものらしい。
お母さんも小さい頃は牡蠣を食べて育ったのだろうか。
「磯崎さんのところに行った時に姪が来ているって言ったら『これ食べさせてやれ』って頂いたんだ」
見ず知らずの人にどれだけ歓迎されているのだろう、私。
「明日、お礼を言いに行ったほうがいいですよね」
「ああ、今度会った時でいいよ」
「え、そうなんですか?悪くないですか」
「磯崎さんに会ったとき、その時に『美味しかったです』って言っておけば大丈夫」
「僕も明日網の修理を手伝う時にお礼を言っておきますので、気にしないでください」
まやさんがトングを使って網の上に並べられた牡蠣達を丁寧に裏返し、アルミホイルを被せる。
途中で殻の間から汁が吹き出たみたいで、じゅーという食欲を刺激する音を立てている。
炊飯器ごと用意してくれていたお米は遠慮しておいて正解だった。
まやさんは二回くらいおかわりしていたけれど、男の子だし、これくらいは易々と入るのだろう。
「そろそろですかね」
「うん。良いんじゃない」
茂さんが同意すると、まやくんが軍手を嵌めた手で網の上にある一番大きな牡蠣を手に取った。
あちちと言いながら素早く小刀のようなナイフを殻の間に差し込んで殻を開く。
大きな身が上蓋のようになった殻にくっついて出てきて、それを器用にナイフで切り離すと、殻ごと私のお皿の上に置いてくれた。
丸みを帯びた殻の底には、十分に熱された汁が残っていて茂さんが「この汁が美味しいんだよ」が教えてくれた。
「どうぞ。焼き立てが一番美味しいですよ」
「はい。いただきます」
まやさんに促されるまま、お皿に置かれた牡蠣の身をお箸で持ち上げる。
さっきまで炙られていた牡蠣の身は、ゆらゆらと湯気を放っている。火傷をしないように何度もふうふうと息を吹きかけ、慎重に口へと運ぶ。
正直見た目はちょっとあれだったけれど、口に入れてしまえば特に気にならなくなった。
身は適度に弾力があり、噛むとすぐに磯の香りが口一杯に広がる。ちょうど良い具合の天然の塩加減が、さっきまで感じていた満腹感を忘れさせてくれる。
スーパーで売っているカキフライは何度か食べたことがあったけれど、それと比べるのは、あまりにも失礼だと思った。
「ふ……あははっ」
「……っ?」
突然まやさんが吹き出した。またツボにハマってしまったのだろうか。
「そんなに美味しいんですね」
「な、なんでわかったんですか⁉︎」
むぐむぐと牡蠣を飲み込んでから私は慌てて聞き返した。
「顔に出てますよ。一ノ瀬さんはやっぱりわかりやすいですね」
「うっ……」
わかりやすい。
その言葉が、私の耳にいつまでも纏わりついてくる。
感情が表に出して相手を怒らせてしまったから、腕を見せものにされてしまった。だからあれ以来、極力何も起こらないように、嬉しいことも悲しいことも全部表に出ないように努めてきた。
でも、実は隠しきれていなかったのかもしれない。だとすれば、かなりまずい。
「すみません……」
「どうして謝るんですか?」
「いえ、なんでも……」
喉が渇いたわけではなかったけど、麦茶が入ったコップ手に取って、縁を下唇に当てた。
「……私って、やっぱりわかりやすいですか」
「はい。とても」
そんなことないですよという返事を期待していたわけではないけれど、返ってきたのは、何一つ曇りのない肯定の言葉だった。
まやさんは焼いた牡蠣をまず茂さんのお皿に乗せてから、自分のお皿に乗せている。相変わらず気配りが凄い。
「嬉しそうな一ノ瀬さんの顔を見れて良かったです」
「いや、そんな……こちらこそ……」
もごもごと言っていると、まやさんはまた焼けた牡蠣をお皿に置いてくれた。
二つ目もやっぱり美味しかったけど、今度はまやさんに悟られないように気を付けながら飲み込んだ。