用意された野菜を切り終わる頃、キッチンの方に向かって歩いてくる音が聞こえてきた。
どうやら噂話をすると、その人が現れるというのは本当のようだ。
茂さんは茶目っ気たっぷりにキッチンの入り口からひょこっと顔だけ出す。
「お、沙希ちゃん起きたんだね。疲れは取れた?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かった」
茂さんが現れると、その場の雰囲気が明るくなるような気がするから不思議だ。絵里ちゃんが教室に入って来た時の空気に似ているかもしれない。
「二人とも準備ありがとう。じゃあそろそろ室内バーベキューを始めようか」
「はーい」
返事がハモった私とまやさんは顔を見合わせて遠慮しがちに笑っていると、茂さんは「二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの」と言って笑ったから、少しだけ胸の中がむず痒くなった。
茂さんは囲炉裏に広げられた炭を火挟で起用に掻き分けると、その上に網を置いた。
準備が整ったようだ。
囲炉裏を囲むように並べられた低い机に、さっきまで切った野菜や冷蔵庫に入れていたお肉のパックを運んでいく。
二人のマイペースぶりにつられたのか、お箸やお皿を運んでいる時に、自分でも思っていない言葉をまやさんにかけていた。
「……まやさんなら、きっと大切な人を見つけられると思います」
まやさんは私の方を向き、再びにこりと微笑んで「ありがとう」と言ってくれた。
「さあ!好きなところに座って座って!」
囲炉裏を囲んでいる長机の前には座布団も敷かれていた。
基本的に家や学校はテーブルだったから、地べたに座ってご飯を食べるのはなかなか新鮮だ。
でもちょっと待って。地べたに座る時って、やっぱり正座ですよね。長時間正座をしていられるだろうか。
途中で足が痺れてご飯どころではなくなってしまったら……
最悪な状態になっていることを想像すると、ちょっと恥ずかしい。
それに、好きなところに座って良いと言われたものの、こういうのって場所によって上座とか下座とか決まってるんじゃなかったっけ。
「そっちの奥の席はどうですか」
躊躇していると、まやさんがキッチンから一番遠い席を勧めてくれた。
言われるがまま座ってみると、扇風機の風がちょうど良く当たる特等席だった。私なんかが使って良いのだろうか。
ちらりとまやさんの方を見たら「気にしないで」と言われたけれど、私の性格上そうはいかない
まやさんと茂さんは私の正面ではなく、両脇の席に座った。
面と向かうのは正直苦手だったから、変に緊張しなくて済むこの位置に座ってくれる二人は本当に気遣いができる人達だと思った。
「あ、私が焼きます」
「いいよいいよ。それよりお皿に好きなタレを入れて準備しておいて」
茂さんはお肉だけではなく、キャベツやなすも一緒くたに網の上に乗せていく。特等席を用意してくれた上に、焼いてもらうのはなんだか申し訳なかった。
けれどまやさんは、「一ノ瀬さん。ここは茂さんに任せて、僕らは食べることに集中しましょう」なんて大真面目な顔で言っている。
おまけにタレが入ったお皿を両手で持ち、いつでもこいと言わんばかりに茂さんの方に差し出している。その顔は今までの中で一番凛々しい顔をしている。
ふわふわしているまやさんが急に臨戦体制になっていたから、ちょっと待ってただご飯を食べるだけじゃないの?と心の中で突っ込んでおく。
茂さんが頃合いを見計らって「へい!お待ち!」と言いながら、焼き上がったお肉やピーマン、玉ねぎを次々と皿の中へと投入する。
まやさんはひたすらお皿に盛られたものを頬ばる。
しばらくしてお皿に盛られたものが無くなったと思ったら、彼は再びささっとお皿を差し出し、さっきの繰り返し。
そのペースはかなり早く、まるでわんこ蕎麦をテンポよく喉に流し込んでいるかのようだった。バーベキューってこんなに忙しかったっけ。
「次は沙希ちゃん!いくよー!」
「は……はいっ?」
トングでお肉を掴んだまま待機する茂さんに促されるまま私もお皿を差し出すと、焼き上がったお肉が次々に投入された。
「どんどん食べないと焦げちゃうよ!頑張って!」
「は、はい!」
途中、お肉の油から火が移って網の上は大惨事になってしまった。
部屋には黒い煙がもくもくと立ち上る。これでは煙が出ない炭を使った意味がないのでは。
その光景に、何故か私は必要以上に身震いしたけれど、幸いすぐ二人の茶番劇の中に戻ることができた。
足手まといになってはいけないと思って私もなるべく早く食べようと奮闘するけれど、案の定こんなに早くご飯を食べたことがないので、どんどん遅れをとってしまう。
ごめんなさい、もう色々付いて行けません……
「焼けたものは網の端に避ければ焦げないので、そんなに慌てて食べなくても大丈夫ですよ」
諦めかけていたら、突然不意を突かれたように真面目な回答が返ってきたから「ふえ⁉︎」って自分でも予想していない声が出てしまった。
「ごめんね、沙希ちゃん!ちょっとペース早すぎたね」
そう言うと、茂さんは網の下にある炭をいくつか火挟で隅にずらす。
すっかり黒くなってしまった網も新しいものに交換し、さっきの半分くらいの肉や野菜達を乗せる。
さっきまで煙を生み出しながらじゅうじゅうと唸り声を上げていたお肉達が、ようやく落ち着いてきた。
「この人、お客さんとバーベキューをする時はいつもこんなノリなんです」
まやさんはやれやれと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「ごめんごめん。つい楽しくなっちゃってさ」
「茂さんって、お客さんが来た日は必ず囲炉裏でご飯を食べますよね」
まやさんは麦茶が入ったピッチャーを手に取り、透明なコップの淵一杯まで入れる。私のコップにも入れようとしてくれたけど、まだ半分残っていたから首を振っておいた。
「みんなで囲炉裏を囲って一緒にご飯を食べるとさ、不思議と一気に距離が縮まるような気がするじゃん。この感じが好きなんだよね」
「まあ、確かにそうですけど」
「それにさ、せっかく遠くから来てくれた人達にも楽しんでもらいたいし」
「そう言いながら、茂さん自身が一番楽しんでいるんじゃないですか?」
「まやくん。まずは何事も自分から楽しまないと相手も楽しめないよ。ね、沙希ちゃん」
「え?あ、はい」
二人のやり取りがなんだか微笑ましいなと思っていたら、また突然私の方にパスが回ってきた。
「茂さん、一ノ瀬さんさっきからちょっと困ってますよ」
「ははは!ごめんね」
二人の笑い声の中に私の笑い声も混ざる。
ここにきた時からずっと無意識に張り詰められている緊張の糸が、少しだけ解れたような気がした。
どうやら噂話をすると、その人が現れるというのは本当のようだ。
茂さんは茶目っ気たっぷりにキッチンの入り口からひょこっと顔だけ出す。
「お、沙希ちゃん起きたんだね。疲れは取れた?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かった」
茂さんが現れると、その場の雰囲気が明るくなるような気がするから不思議だ。絵里ちゃんが教室に入って来た時の空気に似ているかもしれない。
「二人とも準備ありがとう。じゃあそろそろ室内バーベキューを始めようか」
「はーい」
返事がハモった私とまやさんは顔を見合わせて遠慮しがちに笑っていると、茂さんは「二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの」と言って笑ったから、少しだけ胸の中がむず痒くなった。
茂さんは囲炉裏に広げられた炭を火挟で起用に掻き分けると、その上に網を置いた。
準備が整ったようだ。
囲炉裏を囲むように並べられた低い机に、さっきまで切った野菜や冷蔵庫に入れていたお肉のパックを運んでいく。
二人のマイペースぶりにつられたのか、お箸やお皿を運んでいる時に、自分でも思っていない言葉をまやさんにかけていた。
「……まやさんなら、きっと大切な人を見つけられると思います」
まやさんは私の方を向き、再びにこりと微笑んで「ありがとう」と言ってくれた。
「さあ!好きなところに座って座って!」
囲炉裏を囲んでいる長机の前には座布団も敷かれていた。
基本的に家や学校はテーブルだったから、地べたに座ってご飯を食べるのはなかなか新鮮だ。
でもちょっと待って。地べたに座る時って、やっぱり正座ですよね。長時間正座をしていられるだろうか。
途中で足が痺れてご飯どころではなくなってしまったら……
最悪な状態になっていることを想像すると、ちょっと恥ずかしい。
それに、好きなところに座って良いと言われたものの、こういうのって場所によって上座とか下座とか決まってるんじゃなかったっけ。
「そっちの奥の席はどうですか」
躊躇していると、まやさんがキッチンから一番遠い席を勧めてくれた。
言われるがまま座ってみると、扇風機の風がちょうど良く当たる特等席だった。私なんかが使って良いのだろうか。
ちらりとまやさんの方を見たら「気にしないで」と言われたけれど、私の性格上そうはいかない
まやさんと茂さんは私の正面ではなく、両脇の席に座った。
面と向かうのは正直苦手だったから、変に緊張しなくて済むこの位置に座ってくれる二人は本当に気遣いができる人達だと思った。
「あ、私が焼きます」
「いいよいいよ。それよりお皿に好きなタレを入れて準備しておいて」
茂さんはお肉だけではなく、キャベツやなすも一緒くたに網の上に乗せていく。特等席を用意してくれた上に、焼いてもらうのはなんだか申し訳なかった。
けれどまやさんは、「一ノ瀬さん。ここは茂さんに任せて、僕らは食べることに集中しましょう」なんて大真面目な顔で言っている。
おまけにタレが入ったお皿を両手で持ち、いつでもこいと言わんばかりに茂さんの方に差し出している。その顔は今までの中で一番凛々しい顔をしている。
ふわふわしているまやさんが急に臨戦体制になっていたから、ちょっと待ってただご飯を食べるだけじゃないの?と心の中で突っ込んでおく。
茂さんが頃合いを見計らって「へい!お待ち!」と言いながら、焼き上がったお肉やピーマン、玉ねぎを次々と皿の中へと投入する。
まやさんはひたすらお皿に盛られたものを頬ばる。
しばらくしてお皿に盛られたものが無くなったと思ったら、彼は再びささっとお皿を差し出し、さっきの繰り返し。
そのペースはかなり早く、まるでわんこ蕎麦をテンポよく喉に流し込んでいるかのようだった。バーベキューってこんなに忙しかったっけ。
「次は沙希ちゃん!いくよー!」
「は……はいっ?」
トングでお肉を掴んだまま待機する茂さんに促されるまま私もお皿を差し出すと、焼き上がったお肉が次々に投入された。
「どんどん食べないと焦げちゃうよ!頑張って!」
「は、はい!」
途中、お肉の油から火が移って網の上は大惨事になってしまった。
部屋には黒い煙がもくもくと立ち上る。これでは煙が出ない炭を使った意味がないのでは。
その光景に、何故か私は必要以上に身震いしたけれど、幸いすぐ二人の茶番劇の中に戻ることができた。
足手まといになってはいけないと思って私もなるべく早く食べようと奮闘するけれど、案の定こんなに早くご飯を食べたことがないので、どんどん遅れをとってしまう。
ごめんなさい、もう色々付いて行けません……
「焼けたものは網の端に避ければ焦げないので、そんなに慌てて食べなくても大丈夫ですよ」
諦めかけていたら、突然不意を突かれたように真面目な回答が返ってきたから「ふえ⁉︎」って自分でも予想していない声が出てしまった。
「ごめんね、沙希ちゃん!ちょっとペース早すぎたね」
そう言うと、茂さんは網の下にある炭をいくつか火挟で隅にずらす。
すっかり黒くなってしまった網も新しいものに交換し、さっきの半分くらいの肉や野菜達を乗せる。
さっきまで煙を生み出しながらじゅうじゅうと唸り声を上げていたお肉達が、ようやく落ち着いてきた。
「この人、お客さんとバーベキューをする時はいつもこんなノリなんです」
まやさんはやれやれと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「ごめんごめん。つい楽しくなっちゃってさ」
「茂さんって、お客さんが来た日は必ず囲炉裏でご飯を食べますよね」
まやさんは麦茶が入ったピッチャーを手に取り、透明なコップの淵一杯まで入れる。私のコップにも入れようとしてくれたけど、まだ半分残っていたから首を振っておいた。
「みんなで囲炉裏を囲って一緒にご飯を食べるとさ、不思議と一気に距離が縮まるような気がするじゃん。この感じが好きなんだよね」
「まあ、確かにそうですけど」
「それにさ、せっかく遠くから来てくれた人達にも楽しんでもらいたいし」
「そう言いながら、茂さん自身が一番楽しんでいるんじゃないですか?」
「まやくん。まずは何事も自分から楽しまないと相手も楽しめないよ。ね、沙希ちゃん」
「え?あ、はい」
二人のやり取りがなんだか微笑ましいなと思っていたら、また突然私の方にパスが回ってきた。
「茂さん、一ノ瀬さんさっきからちょっと困ってますよ」
「ははは!ごめんね」
二人の笑い声の中に私の笑い声も混ざる。
ここにきた時からずっと無意識に張り詰められている緊張の糸が、少しだけ解れたような気がした。