会話が途切れてしまってからは、無駄に野菜を細かく切ったり、切った野菜をいつまでも洗ってみたりと、沈黙の時間に押しつぶされないように過ごした。



「茂さんは一ノ瀬さんの叔父さんにあたるんですよね。何か知っているのではないでしょうか」

「……確かに」

「でも、もしご両親が教えてくれないというのであれば、一ノ瀬さんに知ってほしくないことが隠れているかもしれません」

「知ってほしくはない……」

「はい。そのことを念頭において、聞くのかどうか決める必要がありそうですね」



知らない方が良いこと……知らない方が良いと言われると知りたくなる。

けれど、もしお父さんやお母さんが私のことを考えて、あえて言わない選択をしているのであれば、無理に聞き出すのは、ちょっと違うと思う。

それに、茂さんは私の家に来た時「いつかは知らなければ」と言っていた。もしそうだとすれば、この先自然と知る機会が訪れるのでははいだろうか。

ますますどうすれば良いのか、わからなくなってしまった。



「大事なことを話してくれてありがとうございます。一ノ瀬さんのことが知れて良かったです」

「あ、いえ、こちらこそ聞いてくださってありがとうございます。私、自分から腕のことを話したのは、初めてかもしれません」

「じゃあ、ほかの人も案外僕と同じような反応をするかもしれませんね」

「そんなことないです。まやさんはきっと底抜けに優しい人だからです」

迂闊にクラスのみんなに話すと、きっと哀れみのような対応をされるし、小学生の時みたいにいじめられる可能性だってある。もうあんな思うをするのはごめんだ。



「あはは……!底抜けにですか。茂さんにはよくふわふわしてるって言われます」

「それも、わかる気がします」



誰かに質問をするのは、大抵自分のことを話さないようにするためだ。

こちらから質問をしておけば、相手は好きに話してくれる。

でも、今は純粋にまやさんのことが知りたいと思った。



「まやさんは、どうしてここに住んでいるのですか」

「実は、ある人を探しているんです」

「ある人、ですか?」

「はい。でもその人は、今どこで何をしているのかわかりません。そもそも生きているのかどうかさえ……」

「え……」

「もう随分前に離れ離れになってから、行方がわからないのです。唯一の手がかりは、この辺りで一緒に遊んでいた記憶くらいしか……」

「そんな……」

「でも、とても大切な人なので、なんとか記憶を頼りに手がかりを探したいと思っています」



とても大切な人と聞いて、少しだけ胸が締め付けられた。まやさんが大切に思っている人って、一体どんな人なのだろう。



「手がかりが見つからなくて途方に暮れていたら、偶然茂さんと出会って、茂さんは好きなだけここに居て良いよと言ってくれたので、本当に助かりました。あの人こそ、本当に底抜けのお人好しですよね」



そう言って、まやさんはふにゃりと表情を崩す。



「たしかに、そうかもしれませんね」



私も同じように表情を崩す。まやさんが笑うと、自然と私も笑いたくなる。

普段はふわふわした雰囲気をしているけれど、少ない手がかりだけで、離れてしまった大切な人を見つけたいと思っているまやさんは、本当に強い人だと思った。



「そうそう、一ノ瀬さんが切ってくれた野菜は、全部ご近所さんからの貰いものなんです」

「田舎だとよくお裾分けをしてくれると聞いたことがあるのですが、本当なんですね」



田舎に住んでいると、ご近所さんが散歩がてらに畑で採れたものを持ってきてくれるという話を聞いたことがある。ここに住んでいると、一生食べ物に困らないのではないだろうか。



「でもよく考えると、これはご近所付き合いが上手くいっていないとなかなかこうはならないと思います」



それもそうだ。もし人と関わることが苦手な私が一人でここに住んでいたら、引き籠ってご近所付き合いなんてできやしないだろう。

野菜がもらえないどころか、食べものが手に入らなくて餓死してしまう。



「私だったら……絶対に無理です」

「僕も一人で住んでいたら、絶対にこうならなかったと思います」



私と初めて会った時も、茂さんは海猫堂の聖司さんと郁江さんとすぐに仲良くなっていた。

そして私にも何の隔ても無く接してくれる。まやさんもまた、茂さんのおかげでここに居られる。

私達は、やっぱり茂さんは底抜けにお人好しなんだという結論に達した。