※
入学して間もなくすると、すっかり緊張の糸が緩み、程よくクラスの空気が馴染んでくる。
でも、その緊張感がなくなった時が一番嫌いだった。そう。衣替えの季節だからだ。
どういうわけか右肩から手首にかけてある痣のようなものがある私は、どうしてもそれを見せるのが恥ずかしかった。
だから例えどんなに暑くても汗をかこうとも、長袖の服を着て過ごしていた。
小さい頃、お母さんに腕のことを何度か聞いたことがあるけれど、理由は教えてくれなかった。
何度聞いても「気にしちゃダメ」と言われるだけだし、しつこく聞くと、お母さんに困った顔をされてしまう。
かと言ってお父さんに聞いても「何も不自由していないから気にするな」なんて見当違いな返事が返ってくる。
本当のことを知れずにいたから胸の中にはずっと何かが引っかかったままだったけど、二人ともこんな調子だから私は次第に聞かなくなっていった。
「お前さ、何でいっつも長袖なんだよ」
やっぱりというか、とうとうクラスの目立ちたがり屋が形成するグループの一人に目を付けられてしまった。
私は右腕を覆っている袖をぎゅっと握りながら、できるだけ波風立てないように作り笑いをしながら言葉を選ぶ。
「……別に。何でもないよ」
「何でもないって、こんな日にお前だけ長袖着てるんだよ。変だろ」
変なのはわかってる。でも、それはもっと変な腕を隠すためなんだ。お願いだから放っといて。
「本当に、何でもないから……」
反射的に右腕の袖をぎゅっと握ったら、手首の方に見えた赤い跡が見えてしまった。
人は予想していなかったものが見えると、見なかったことにするか、好奇心に駆り立てられて正体を突き止めようとする。今回の人は残念なことに、後者だった。
「何それ、何でそんな色してんの」
あからさまに教室中に響き渡るように聞いてくる。しまったと思ったと同時に、腹が立った。
「……るさい」
私は睨みつけながらぼそっりと呟いた。
でも、それがいけなかった。
「良いから見せてみろよ」
舌打ちが聞こえてきたと思った途端、腕を掴まれ、袖を思いきり捲られた。
そして抵抗する間も無く、大きな声で、
「うわっ!なにこれ!」
と教室中に声が響き渡った。
ついに秘密を暴いてやったという達成感と、見てはいけないものを見てしまったという驚異。
腕を掴まれたまま周りを見渡すと、クラス中の視線が一斉に私の方に集中した。
いや、正確には、その視線は私ではなく曝け出された私の右腕に向いていた。
「うるさい……うるさい、うるさい!」
私は掴まれた手を強引に振り解いて、その男子を力一杯突き飛ばした。
男子は後ろの机に飛んでいって、ガシャーンと大きな音を立てた。
その音に驚いたのか、教室には悲鳴や叫び声が聞こえていた。
突き飛ばされた男子は激突した机に座っていた人のことを気にも留めずに起き上がると、沸騰したやかんのような顔をしながら「何すんだよ!」と言った。
私は怖くなって教室を飛び出した。
掴まれていた腕を無理矢理振り解いたし、今まで出したことがないくらいの力で突き飛ばしたから、右腕はジンジンしていた。
一限目の授業が始まる前だったから、廊下にはほとんど誰もいなかった。
体育館の中では一限目の授業を待つ他のクラスの生徒がいたから、見つからないように上履きのまま渡り廊下から外れて体育館の裏に行く。
誰にも見つからないと思って安心したら、堰き止めていたものが決壊したように涙がこぼれた。
何で私だけみんなと違うの?お父さんやお母さんは知ってるんでしょ。ねえ、どうして教えてくれないの……?
その日を境に、私は孤立していった。
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入学して間もなくすると、すっかり緊張の糸が緩み、程よくクラスの空気が馴染んでくる。
でも、その緊張感がなくなった時が一番嫌いだった。そう。衣替えの季節だからだ。
どういうわけか右肩から手首にかけてある痣のようなものがある私は、どうしてもそれを見せるのが恥ずかしかった。
だから例えどんなに暑くても汗をかこうとも、長袖の服を着て過ごしていた。
小さい頃、お母さんに腕のことを何度か聞いたことがあるけれど、理由は教えてくれなかった。
何度聞いても「気にしちゃダメ」と言われるだけだし、しつこく聞くと、お母さんに困った顔をされてしまう。
かと言ってお父さんに聞いても「何も不自由していないから気にするな」なんて見当違いな返事が返ってくる。
本当のことを知れずにいたから胸の中にはずっと何かが引っかかったままだったけど、二人ともこんな調子だから私は次第に聞かなくなっていった。
「お前さ、何でいっつも長袖なんだよ」
やっぱりというか、とうとうクラスの目立ちたがり屋が形成するグループの一人に目を付けられてしまった。
私は右腕を覆っている袖をぎゅっと握りながら、できるだけ波風立てないように作り笑いをしながら言葉を選ぶ。
「……別に。何でもないよ」
「何でもないって、こんな日にお前だけ長袖着てるんだよ。変だろ」
変なのはわかってる。でも、それはもっと変な腕を隠すためなんだ。お願いだから放っといて。
「本当に、何でもないから……」
反射的に右腕の袖をぎゅっと握ったら、手首の方に見えた赤い跡が見えてしまった。
人は予想していなかったものが見えると、見なかったことにするか、好奇心に駆り立てられて正体を突き止めようとする。今回の人は残念なことに、後者だった。
「何それ、何でそんな色してんの」
あからさまに教室中に響き渡るように聞いてくる。しまったと思ったと同時に、腹が立った。
「……るさい」
私は睨みつけながらぼそっりと呟いた。
でも、それがいけなかった。
「良いから見せてみろよ」
舌打ちが聞こえてきたと思った途端、腕を掴まれ、袖を思いきり捲られた。
そして抵抗する間も無く、大きな声で、
「うわっ!なにこれ!」
と教室中に声が響き渡った。
ついに秘密を暴いてやったという達成感と、見てはいけないものを見てしまったという驚異。
腕を掴まれたまま周りを見渡すと、クラス中の視線が一斉に私の方に集中した。
いや、正確には、その視線は私ではなく曝け出された私の右腕に向いていた。
「うるさい……うるさい、うるさい!」
私は掴まれた手を強引に振り解いて、その男子を力一杯突き飛ばした。
男子は後ろの机に飛んでいって、ガシャーンと大きな音を立てた。
その音に驚いたのか、教室には悲鳴や叫び声が聞こえていた。
突き飛ばされた男子は激突した机に座っていた人のことを気にも留めずに起き上がると、沸騰したやかんのような顔をしながら「何すんだよ!」と言った。
私は怖くなって教室を飛び出した。
掴まれていた腕を無理矢理振り解いたし、今まで出したことがないくらいの力で突き飛ばしたから、右腕はジンジンしていた。
一限目の授業が始まる前だったから、廊下にはほとんど誰もいなかった。
体育館の中では一限目の授業を待つ他のクラスの生徒がいたから、見つからないように上履きのまま渡り廊下から外れて体育館の裏に行く。
誰にも見つからないと思って安心したら、堰き止めていたものが決壊したように涙がこぼれた。
何で私だけみんなと違うの?お父さんやお母さんは知ってるんでしょ。ねえ、どうして教えてくれないの……?
その日を境に、私は孤立していった。
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