「……。アレってなんでしょうか……」

「アレはアレだ」

 彼女の指先が、扉のガラス窓に触れる。

だから、廊下の角からそこは見えないんだって。

「私が怖いのか?」

 その指先は窓ガラスを離れた。

「なぜ畏れる。先ほどまで普通に接していたではないか」

 彼女の足が一歩近づく。

俺は一段と腰が引ける。

「待て。それ以上近寄るな」

「近寄るなとはどういうことだ。何を知っている。……。あぁ、そういうことか」

 ダメだ。

これ以上近寄られたら、もう逃げられない! 

ギュッと目を閉じた。

近づく足音が聞こえて、俺が食われる! 

……と思ったのに、それ以上近づいてくるような気配はない。

静かなままだ。

ビクビクしながら、薄目を開ける。

「ご、ゴメン……。ね?」

 わずかに頬を赤らめた彼女が、小さく首をかしげていた。

「え……、えっと……。ここのドア、どうやったら開くのかな。ねぇ、知ってる?」

「舞香を返せ!」

「どうして? 私は私だよ」

 そう言って、自分で自分の胸に手を当てた彼女の、その仕草にドキリとする。

こんな状態で、心臓がバクバクしない方がおかしいんだ。

「あのさ、えぇ~と……。圭吾? なのか? お願いがあるの」

「俺にお願いはない!」

「お願い? 何かあるのなら、私が叶えてあげようか?」

 目の前に立った舞香が微笑む。

こちらに向かって伸びてきた両腕に、思わず悲鳴をあげた。

「ひいぃぃ! やめて!」

 その場にうずくまる。

彼女の上靴の動きが止まった。

見上げた俺を、彼女の鋭い眼光が貫いた。

「なるほど。そなたが何を知っているのかは知らぬが、私にも舞香との約束がある。私の存在を、決して舞香以外の人間には知られぬようにすると約束したのだ」

「……。え?」

「だがお前は、私が舞香でないことを知っている。いつ知った?」

 そ、そんなことを言われても……。

彼女の安全を考えるなら、素直に答えるわけにもいかない。