彼が死んで早一年。高校二年生になった私は夏休みを迎えた。
 あれからだんたん友達ができ、何故か人気になってしまったが、常に心には彼が居た。
 テストが全然駄目で落ち込んでいた時も、喧嘩しちゃって一人で泣いていた時も、クリスマスに染まった街で一人寂しくミルクコーヒーを飲んだ時も。いつでも彼は誰よりも近くで励ましてくれた。今日はそのお礼を伝えに行く。
 隣には今や親友となった友達がいる。実は彼女、彼が好きだったみたい。つまり恋のライバルって事。肝心の彼が居ないけれど。
 2人で並んで歩いていく。彼のお墓は病院の敷地内にある。すぐ近くにあるのは嬉しい。
 道の途中でお花屋さんに寄った。彼が何の花が好きかなんて知らないし、お墓参りに持っていくべき花も知らないけれど。
 お店の人によると菊という花が良いらしい。おまけでサギソウという花もくれた。小さく咲いている花は、名前の通り鷺のようにも見える。促されるまま六本の束を二つ持たせてもらった。
 彼女と笑い話をしているうちに病院に着いた。私はあの日のように二階の一番端の部屋を見上げる。何となく彼が見えたような気がしたけど、瞬きをすれば誰も居ない。

「どうかした?」

 彼女は不意に立ち止まった私に尋ねた。その口調が彼に似ていて、笑いながら首を振る。

「んーん、なんでもないよ」

 小走りで彼女の隣に並ぶ。
 お墓は裏の小さな敷地にある。病院にお墓を作るのは意外にも初めてらしい。墓石なんてものはなく、彼の名前が刻まれた細い石碑が刺さっていて、その下で彼が眠っている。
 献花台がないから地面に花を横たえる。その横で彼女は線香を地面に刺して火を付けてくれた。準備が良い。私は線香を忘れちゃったから。
 どちらからともなく手を合わせて、彼に想いを馳せる。

『泣くなよ』

 彼がそう言った気がした。勿論そんな訳ないけど。でも私は泣いていた。自分でも気付かなかったくらいゆっくりと。
 彼女は目を閉じたまま真剣に念じている。彼に想いを伝えているのかな。
 そういえば、私は彼に告白していないな。その逆も然り。そもそも彼が私をどう思っていたかすら知らないけれど。
 溢れ続ける涙を拭い、目を瞑り直す。

『サヨナラも言えなくてごめんな』

 本当にね。なんで勝手に死んじゃうのよ。赦さないからね。

『君らしいな』

 笑いが零れた。彼はいつものように優しく笑わせてくれる。お互い様だよ。
 クスクスと笑っていると、背後でカサリと音が鳴った。隣にいる彼女を見ても、気付いていないみたい。
 恐る恐る振り返ると、可愛らしい黒猫が居た。首に風呂敷を括りつけて、じっと私を見ている。

(この状況……どうすればいい……の?)

 明らかに私を見ている。待ちくたびれたのか、私にすりついてくる始末。
 彼女も黒猫に気付いたようで「可愛いー!」なんて言って撫で回している。黒猫も満足そうな顔。可愛いのは可愛いけど……

「風呂敷、何が入ってるのかな」

 じっと見詰めてくる黒猫の喉元を撫でて、風呂敷の結び目をほどく。すると黒猫は毛繕いを始めた。流石猫。気まぐれだなぁ。
 風呂敷を広げると一つの便箋が入っていた。宛名はない。恐らく私向けだろうけど。もし違ったら凄く恥ずかしい。
 ただまぁここで読むのも難しい。とにかく暑いから。受付に回って空き部屋がないか聞いてみる。

「って、看護師さん!?」

 驚いた。受付に立っていたのは彼の担当看護師さんだった。

「あら響音ちゃん。久しぶりねぇ」

 確かに久しぶりだ。多分一年ぶり。

「空き部屋はねぇ……あぁ憐くんの部屋があるよ?」

「いつの間に憐の部屋になったのよ……」

 看護師さんの天然ボケに対応しつつ、そこを貸してもらう。
 二人でベッドに座って手紙を読み始める。



 おはよう。いや、こんにちは? まぁ何でも良いや。
 気を取り直して、久しぶり。元気かい?
 僕は元気だよ。多分ね。
 これを読んでるって事は多分僕は死んだんだね。どんな死を迎えたのかは分からないけど、最後も君と一緒で居られたらいいなぁ。
 まぁそれは良いとして、ごめんな。サヨナラの一つも言わなくて。言えなかったのかもしれないけど。この手紙を書くから、別れは言わないでおこうと思ったんだよ。
 君の事だ。僕が死んでから暫く取り乱したんじゃないのか?(笑)



 ぐぅの音も出ない。彼の言う通り、あれから一週間学校も休んで、自室に引きこもって、ひたすら泣いていた。泣いて泣いて、泣き疲れたら死んだように眠って。起きたらまた泣いて。それの繰り返しだった。
 続きに目を通す。



 僕としては嬉しい限りなんだけどね。
 何となくだけど、君の想いは感じていたよ。そうじゃなきゃ毎日見舞ってくれるわけがないからね。遅くなったけど、ありがとう。
 どうしよう。書き始めたは良いけど、何も無いな。いや、あるにはあるけど思いついてくれないだけか。こんな時に限って、僕の頭はちゃんと機能してくれないなぁ。これも死期が近いからか?(笑)
 実はもう会えないわけじゃない。え? どうすれば会えるかって?
 これを読んでる時点で僕とあってるんだけどな。まぁ分からないか。僕は黒猫になってるだろうよ。仕組み? 僕の脳の一部が黒猫にあるんだよ。僕の意識は猫にある。会話出来ないけどね(笑)
 飼うなり何なりしてやってくれ。
 何となく言葉の理解は出来るらしいから、面白いと思う。

 話が変わるけど、多分この手紙一人で読んでないだろ。恋人か、友人か。誰かは知らないけど、響音をよろしく頼むぞ。
 世話焼きでおっちょこちょいでどうしようもなく天然だけど、悪いやつじゃない。もう知ってるだろうけどね。

 おっとそろそろ響音が見舞いに来る。この辺で終わらせてもらうよ。

 最後に一つだけ。
 響音、好きだったよ。

 柏葉憐より。



 ***

「ねぇ、鷺草って知ってる?」

 私はベッドの上に座っている黒猫に尋ねる。
 黒猫は首を横に振った。

「そっか。また今度買ってきてあげるね。すごく綺麗な花なんだよ」

 黒猫はにゃーんと鳴いた。楽しみらしい。
 私は彼の頭を撫でる。

「可愛いね。レンは」

 彼は満足気な様子。私も無性に嬉しくなった。