私は高城響音。田舎にある高校の2年生。ちなみに3組。学力が良い訳でもないし、これといった特技もない。何もかも平凡な高校生。しかも帰宅部。
 それも影響してか、私には友達がいなかった。いらないとか思っているわけじゃないけど、不思議とそう呼べる人は出来なかった。完全に原因不明。人並みにはコミュニケーションも出来るし、問題も起こしていない……つもり。
 だから新学期で思い切って隣の席の男の子に接触してみた。柏葉憐くん。とっても綺麗な名前。いつも空を眺めてるから、私と同じ孤独なんだと思った。ほんのちょっとだけ嬉しかった。
 彼はいつも通り授業中に空を眺めているから、右腕をつついて話しかけようとした。でも授業中に話をするのは先生に怒られてしまう。だからノートの端に書いて話しかけてみる。

《何をみてたの?》

 彼はとても驚いていた。目が面白いくらい泳いで、ちょっと可愛かった。
 そこで気付いた。

(あ、ノートに書いてもいいのか迷ってるのかな)

 なんて優しい人だろう。似た者同士だと思ってしまった自分が恥ずかしい。こんなに素敵なのに、一人でいるのは何故なのかな。
 彼の事をよく知りたい。そう思った。
 彼の文字でノートの端が埋まるなら嬉しいな。
 だから

「いいよ」

 と言った。もちろん小声で。
 すると彼はすぐにペンを取り、固まった。
 どうしたのかな。もしかして字が汚いとか心配してるのかな。可愛いな。
 気付けば私は微笑んでいた。ちょっと声も出たかな。恥ずかしい。
 彼は私が笑ったのを見て少しムッとしていたみたいだけど、サラサラとペンが走り始めた。
 差し出されたノートには丸っこい文字が並んでいた。字、綺麗だな。

《何も見てない》

 不思議な人だと思った。外見てたのに、何も見てないなんて。
 でもちゃんと返事してくれた。もう少しだけでもお話していたいな。
 そんな気持ちを率直にぶつけてみた。

《そっかそっか。しばらくこうやってお話してもいい?》

 彼は怪訝そうな顔をした。少し直球すぎたかな。確かにこれだと、私が彼に思いを寄せているみたい。間違ってはいないけど。
 でも彼は内心嬉しそう。私まで嬉しくなっちゃう。
 彼はまた返事を書いてくれた。

《いいよ》

 嬉しい3文字だった。授業中だということも忘れてしまうほどに。
 嬉しさが薄れてしまう前に会話を続ける。
 何を話すか、なんて全く決めていなかったから取り敢えず自己紹介してみる。

《じゃあまずは自己紹介しよっか。私は高城響音。たき ことねって読むの。覚えてくれると嬉しいな。性格は天然ってよく言われるよ》

 あんまり長々と書いて飽きられるのは嫌だから少しだけにしておいた。まぁ書けることなんてほとんど無いけれど。
 彼はしっかりと読んでくれたみたい。私なんぞの自己紹介を読んでくれるなんて思ってもみなかった。
 彼は自己紹介し返してくれるみたい。やっぱり優しい。
 でも返された文章は、少しドキッとする内容だった。

《僕は柏葉憐。かしわば れん。性格はよく分からないな。人と話したのはしばらくぶりだから》

 うんうん……うん?
 なんだろうこの感覚。この言葉どこかで、聞いたことがある……?
 思い出せないよ……誰かの声が聞こえるのに……とても大切だったのに……駄目。思い出せない。
 凄く不安になった。一応確認しておく。

《嘘だよね?》

 彼は一切迷わずに、

《いや、本当》

 と返ってきた。
 そんな……あいつも彼と同じ事を言った。
 そしてあいつは……
 ぶんぶんと首を振り、悪い想像を振り払う。幸い彼には見られなかったようだ。
 急に会話を途切れさせてしまうのは、流石に不自然かな。そう思い、返事を書く。

《そっか》

 少し字が弱々しくなってしまった。でも彼はそれを見逃してはくれなかった。

《ごめん。傷付けてしまったみたいだね。本当にごめん》

 彼は何故か謝った。謝らないといけないのは私なのに。
 誤解されたくなかった。だから首を横に振った。慌てて説明を書く。

《違うの。よく想い出せないけど、そう言って死んでしまった人がいたの。それでちょっと驚いただけ》

 彼はとても苦しそうな顔をした。見ているだけで悲しくなるような。
 暫く沈黙が……筆談が途切れた。
 彼は目を空に向けてしまった。私は何を話せばいいのか分からなくなったから、授業を聞いているように演じた。私ってやっぱり卑怯だなぁ。そういう所が嫌い。
 長い長い授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 私は手を洗いにお手洗いに行く。
 今からお昼休憩。教室では幾つかの仲良しグループが集まって、談笑しながら弁当を食べている。
 今日、私は弁当は作ってきていない。恥ずかしながら、寝坊してしまったから。学食もあるけど、彼は持ってきていないようなので、私も彼と同じように食べない事にする。実はお金忘れちゃったんだけど。
 教室に戻ると、相変わらず彼は空を眺めている。体勢変わってなくない? 体痛めるよ?
 そんな気の利いた言葉の一つもかけられない私はやっぱり駄目駄目だなぁ。
 ぼうっとしている彼にコソコソと近付き、私の席の椅子を引く。

「憐くん」

 小声で囁くように、でも確実に耳に届くように、彼の名前を呼んだ。
 彼は顔を動かさずに

「どうしたの高城さん」

 と返答してくれた。
 私は茶化すように

「まさかの苗字呼び」

 と笑ってみせた。
 何を笑っているんだ。と言わんばかりの顔で彼は振り返った。その間抜けな顔が可愛くて、心から笑った。
 すると彼も微笑んでくれた。まるで月のように優しく、今日一番の笑顔で。

 そっか。私は彼に恋をしてしまったんだ。