「それじゃあ、夏休みに入るが、ハメを外し過ぎないように〜!解散〜」

 夏休みまでの1ヶ月は、意外にも平和に過ぎていった。夏休み前の試験の成績が悪くなるといけないと思い、部活にはあまり出られないと思うと言う旨を小坂先生に伝えて了承を得て、その上で、主に図書館を使って試験勉強に励んだ。家にいるとなんだか落ち着かないため、図書館にいない時は、家の近くのカフェなどで勉強することも多かった。
 ぼっちの僕は、テスト前なのに、遊ぼうと誘ってくるような友達もおらず、勉強に集中しやすい環境にあった。僕の心配の種といえば、センパイ2人のことだったのだが、意外にも僕との約束を守ってくれているのか、はたまた僕のことなんか忘れたのか。どちらかは分からないが、訳のわからないちょっかいをかけてくることもなく、僕は、安定してぼっちの学校生活を過ごせたのだった。
 結果、夏休みの補習なんていう不名誉はギリギリ避けられ、無事、夏休みを獲得することができた。
「はぁ〜、夏休みかぁ〜」
 遊ぶ友達もいない。だからと言って、塾に通っているわけでもない。夏休みは、宿題をさっさと終わらせようと思った。僕には、宿題よりも大変な、小坂先生からの課題があるからだった。

 
「ただいま〜。優希、もう帰ってるよね〜?」
「うん、いるよ。おかえりなさい」
久しぶりにお母さんと会話したあの日から、かつてのように、とまではいかないが、一日最低一言は交わすようになった。親子間のコミュニケーションは大切だ、と言うお母さんの考えも影響していると思う。
「夏休みは何か予定がある?」
特に何もない、と言おうと思ったその時、スマホが鳴った。
「、、、優希?スマホ、鳴ってるわよ?」
「わかってるけど...」

「何の用ですか」
「一言目にそれとは。桜は愛想が悪いな〜w」
「何の用なんですかって」
「わかったわかった。桜、夏休みは暇かい?」
「、、暇ですけど」
一瞬沈黙があった後。
「じゃあ、明日。朝10時にこの前行ったファミレスで集合ね!詳細は追って連絡するから!よろしく〜」
「あ、ちょ、」
一方的に予定を告げられた後、電話を切られた。だからと言って、電話をかけ直そうなど、考えつくわけもなく、ただ、驚いているしかなかった。

「今の、例の先輩から?」
「うん、明日の10時、この前のファミレスに集合って、一方的に言われ、、」
「いいじゃないの!行ってきなさいよ。たまには、友達と外出するのもいいと思うわ!」
「えぇ、」
お母さんといい坂野センパイといい、何故こうも僕の周りの女性は、押しが強いのだろうか。結局断ることもできず、"明日は特に何もいらないから。時間通りきてね"という連絡に大人しく従うことしかできなかった。



「というわけで、仕方なくきたわけなんですけど。何の用なんですか?」
「相変わらず愛想悪いなぁ、桜くんは」
なぜ僕はドリンクバーだけ頼んで、またファミレスの席に座っているのか。事情も知らされず、来ただけありがたいと思って欲しい。
「桜に頼みたいことはひとつだ。夏休みの間、桜には私たちに付き合ってもらう」
「は?」
この人たちが言うことはいつも全く意味がわからないが、今回ほど突拍子もないことは初めてだ。しかも、狛野センパイじゃなくて、坂野センパイが提案すると言うのが、謎なところだ。

「えっと、坂野センパイの案というのも珍しいですね?じゃなくて、付き合ってもらうって、何にですか?」
「もちろん、夏休み、遊びに行ったり、宿題を一緒にやったり。まあ、そんなところだ」
「なんで僕なんですか?」
「たまには、男子もいいかと思ってね」
「なんでなおさら僕なのか、よくわかりません。センパイ方と一緒に夏休みを過ごしたい男子生徒なんて、声をかければ、校内のほぼ全員でしょうに」
「まあ、直感だ。あと、同じ部活なのも、何かの縁だと思って」
もう、これは何を言っても無駄だと思った。こういうタイプは、一度決めたら、そう簡単には考えを改めない。何となくわかる。
「それで、坂野センパイ、」
「あ、遊びに行くんだし、センパイ、は無しね?私たちのことは、里莉、志穂って名前で呼んでね?」
狛野センパ、あ、いや、里莉さんからの無言の圧が強過ぎる。学校でも人気者のセンパイ2人を名前で呼ぶなんて、正直、ハードルが高過ぎるのだが、これで抵抗してもおそらく無駄だろう。

「えーっと、志穂さん?で、夏休みのどのくらい?」
「多分、ほぼ毎日かな」
さっ、細かいことは置いといて、昼ごはんを食べよう!そう、よくわからない話の逸らし方をして、詳しいことは特に説明されず、またもファミレスで昼ごはんを食べて、今日は解散となった。僕は、気分の悪さを2人に気取られないようにするのに必死で、何を頼んだのか、美味しかったかどうかもよく覚えていない。






「お帰り、優希。先輩さんたち、何の御用だったの?」
「夏休み、遊びに行くのとかに付き合えってさ。2人は学校でも人気のある一個上のセンパイなんだ。部活にこの前入部してきて。それまで、接点なんか、ほんの少しもなかったんだ。それなのに急に夏休み付き合えだなんて、おかしいよ。それに、、、」
僕は、これまでにないくらい饒舌に、あったことをまくしたてたのだが、お母さんは気にすることもなく、
「あら、楽しそうじゃない。少しくらい予定空けて、母さんとも何処か行きたいんだけど。まあ、とりあえず、夏休みは忙しくなりそうね〜!」
なんて言って、この状況を楽しんでいるとしか思えなかった。一応教師のはずなのだが、おそらく、高校生時代に戻ったつもりの気持ちで、楽しんでいるのだろう。お母さんの笑った顔なんて、久しく見ていなかった。笑顔は、まだまだ、若々しかった。


 慌ただしい夏休み前が終わり、無事夏休みに入ったかと思えば、夏休みはこれまでにないほど、忙しくなりそうなのだった。