パステルカラーの持ち主

志穂さんが泣いた。

「昨日は、本当にありがとう。おかげで、好きだったよ、って伝えられた。今藍沢くん、彼女いるみたいだったし、もちろん断られたけどねw優希、私の水たまり、水色じゃなくなってる?」
「はい、。ピンク色です。すごく綺麗な」
「そっか、よかった」
「志穂、志穂。ほんとに死んじゃうの?なにか、なにか方法はないの?お金なら何とかするし、、。ねえ?」
里莉さんは、相変わらず、泣き虫だった。
「相変わらず、泣き虫なんだから。でも、私の病気は治らない。これは、もう結構前にわかってたことなの。もう、区切りもついてる。心の整理もできてる。今までありがとうね、里莉。結構長い付き合いだった。1番長く、近くにいてくれた。ありがと。一生、親友だからね」
「当たり前じゃん!志穂は、ずーっと、私のたった1人の親友だよ。これから、何があっても。志穂、本当に、大好き。今までなんて、言わないで…」
里莉さんと志穂さんは、泣いていた。ずっと。
 今まで我慢してきた分を、全部、全部吐き出すように、溢れ出すように。涙をこぼし続けていた。こんな時に不謹慎な俺は、涙が綺麗だ、なんて思ってしまった。

 こっそり、病室を後にしようとすると
「優希」
と声をかけられた。
「優希も、本当にありがとう。私に思い残しがないかどうか、確かめてくれて。このままだったら、後悔したまま、死ぬところだった。なんか、雰囲気変わったよね、。茶髪似合ってる。意外とオシャレ。全然、陰キャなんかじゃないよ」
「はい、こちらこそ。ありがとうございます」
それだけ言うと、病室を後にした。ここで俺が泣くのは、違うと思った。まだ、知り合って、半年くらいしか経ってないヤツが、10年以上も一緒にいた2人と一緒に泣くなんて、自分で自分を許せなかった。だから、俺は泣かない。絶対に。涙は、流さない。
「優希。志穂さんが、息を引き取った。」



 病室から逃げるように帰った次の日。電話で、父さんにそう、伝えらえた。至ってシンプルな言い方。そんな言い方されると、なおさら現実のように思えなかった。今日会いに行けば、また、笑って、「優希」とそう聞こえるような、莉里さんと一緒に笑っているような、そんな気がしていた。でも、それは、もう叶わない。もう、この世界に、志穂さんはいない。


 身体中の力が抜けて、そこからあとは、父さんの話など、耳に入っていなかった。父も、無機質な声で、伝えなくてはいけないことだけを話していたから、なおさら。

 里莉さんからも連絡がなかった。里莉さんが病室に行くなら、俺もいくべきだと思った。でも、里莉さんも同じように動揺して、今頃は、1人で泣いているのかもしれない。里莉さんから連絡が来ることは、なかった。俺は自分から行動するのがとても怖くて、家にいることしか出来なかった。





 1週間後。志穂さんの葬式が行われると連絡があった。「1週間後」か…
 正直、この1週間、ずっと、考え込んで。どうしたらいいか、全くわからなかった。これから1週間経った時に行われる、葬式。気持ちの整理がそれまでにできるとは思えない。でも、散々お世話になった。半年も経ってないとはいえ、仲良くしてもらった。これで、葬式に出ないのも、非常識なんじゃないかと思った。

 それでも、自分から莉里さんに連絡する勇気は出なかった。昔、グレてたくせに、ほんとのところは小心者だなんて、ダサいものだ。情けないとも思う。でも、本当に怖かった。莉里さんに連絡をするのが、正しいことかもわからない。気持ちの整理を邪魔するかもしれない。なにより、今は1人がいいんじゃないか。そう思えてならなかった。



「優希、今日、ご飯は?」
「ごめん、そこに置いといて。後で食べるから」
「わかったわ」
俺はこの1週間、必要最低限しか部屋から出なかった。誰とも顔を合わせたくなかった。次は、誰にパステルカラーが見えるかと、そう思うと、本当に、嫌だった。

 でも、葬式の前日、莉里さんから電話がかかってきた。
「莉里さん...?」
「優希君、久しぶりだね。急に電話かけてごめんね」
「いえ、平気です」
「それで、本題なんだけど。」
そう言って莉里さんは、5分ほど黙り込んでしまった。時々、啜り泣く声が聞こえた。

「志穂のお葬式、一緒に行こう」
「、、はい。行きます」
「高校生は、制服でいいのかな」
「多分そうだと思います」
「じゃあ、いつもの駅に集合ね」
「はい、時間は後で教えてください」
お互いに、長電話はしたくなかったから、話さなきゃいけないことだけを話して、すぐに電話を切った。
「おはよう、優希君」
「おはようございます、莉里さん」
「じゃあ、行こっか」
「はい」
俺たちは相変わらず無言だった。特に何も、話すことはないと思ったのかもしれない。
 本当は、話さなきゃいけないことがあると、思っていたはずだけど、話したくなかった。話すと、志穂さんがこの世にもういないっていうことが、実感できてしまうだろう。信じたくないって言う気持ちが、まだ、ある。

 葬式会場の前に着いたけれど、どうしても、会場の中に入っていくことができなかった。
 俺たちは、葬式が行われるのを、ドアの外で見ながら、近くに座り込んでいた。
「ごめんね、行こうとかいって、やっぱ入れないね」
「いえ、俺も無理なんで、お互い様ですよ」
なんとなく、言葉を交わさずとも、莉里さんの思ってることがわかるような、そんな気がした。





 葬式が終わると、1人の女性が、会場から出てきた。とても、志穂さんに似ていた。
「あなたたちが、莉里ちゃんと、優希くん?」
「あ、はい。そうです」
「突然ごめんなさい。私、志穂の母です。さほど仲良くしてくれて、本当にありがとう。志穂、ここ最近、ずっと楽しそうだった」
「いえ、そんな...!こちらこそ......!」
「それで、渡したいものが、あるの」
そう言って、手紙を差し出された。
「莉里と優希へって、書いてあってね。きっと、お友達の名前だろうと思ったの。来てくれて、よかったわ。これを、読んで欲しいの。志穂が、屋上にでも行ってもらって、って、メモに書いていたわ」
そう言って、志穂さんのお母さんは、会場へと戻っていった。


「じゃあ、屋上にでも行こっか」
「はい」







〜莉里と優希へ〜
 2人のところに、この手紙がちゃんと届いてるかな?お母さんに渡してって頼んだんだけど。

 2人、一緒に読んでね。2人宛に書いてるからさ。

 莉里。今までありがとう。小学校からの付き合いだよね。本当に長い間、私の親友でいてくれて、本当にありがとう。私、高校に入って、ショートにしたじゃん。ロングからショートにするの結構勇気出したんだよね。それを、真っ先に気づいて、「ちょー可愛い!似合ってる‼︎」って言ってくれたの、すごく嬉しかった。あの時、もう病気治らないってわかって。髪の毛長いと、色々時間かかるから、切ろうと思って。ほんとはちょっと怖かったんだ。でも、真っ先に誉めてくれた。だから、なんか、切ってよかったーって思えて。本当にありがとう。親友に出会えるって、とっても運がいいなって、よく思ってたんだ。

 優希。私たちと仲良くしてくれて、ありがとう。優希、莉里とぶつかって、私たちを見た時、少し、驚いた顔をしてた。その時は、先輩と急にぶつかっちゃって焦ってるのかなと思ったけど、違ったんだね。私の胸に、水たまりが見えてたからなんだね。病院で、私が、水たまりの色のこと聞いた時に、誤魔化してくれてありがとう。私の本当の後悔は、藍沢くんに告白しなかったことなんかじゃなかった。そんなことみたいに言うのも良くないけど。私は、まだ莉里に、お礼を言えてなかった。正直な気持ちを話せてなかった、その時。それが後悔だったんだね。優希の顔見てわかったの。ありがとう。そのあとちゃんと、莉里にありがとって伝えたから、心残りはないよ。最後見たでしょ。私の色、ちゃんと綺麗なピンク色になったの。なんで、心残りないと、ピンクなんだろうね。私、それ考えてたんだ。結局、恋っていいね、くらいしか思いつかなかったんだけどね。今までありがとう。


 2人ともありがとう。私が死んでも、2人は仲良くしてよ。2人仲良くしなかったら、私が悲しむからね。
 できれば忘れないで欲しいけど、私のことなんか忘れるくらいに、楽しい日々を過ごして欲しいなって思うよ。

               坂野 志穂
p.s. 泣いていいよ



「うわぁぁぁぁぁぁぁあ」
叫ぶとも泣くともとれないような声をあげて、莉里さんは涙を零した。今まで我慢していたのか、改めて溢れ出してきたのか、わからないけど、。

「あああぁぁぁぁぁ、うぁぁぁぁぁぁ」
泣かないつもりだった。泣く資格なんて無いと思った。過去から逃げた、偽りの姿で出会って、こっちばかりが得をして。もらったものはあれど、あげられたものなんて、何一つとしてなかった。そう思っていた。
 志穂さんは、俺に、たくさんお礼を言ってくれた。ありがとうと、言ってくれた。今まで、誰にも必要とされていなくて、いてもいなくても変わらない存在を演じ続けていたのに、志穂さんは、俺に気づいてくれた。ただの陰キャにすぎなかった俺に。
「泣いていいよ」
その文字を見て、この我慢しなくていいんだと思ってしまった。思わせてくれた。

 俺と莉里さんは本当に本当に長い間泣いた。一回涙が引いても、もう一回泣いたりしてしまって、繰り返し繰り返し泣いた。人生で1番だろうなと思うくらい。

「ねえ、優希くん。君の過去について、聞いてもいい?」
「はい。ようやく自分の中で整理できました」
そう言って俺は、中学時代の話をし始めた。


「俺の小学生の時の話はしましたよね。急にパステルカラーが見えるようになった話。祖母に相談しに行ったあと、母と父にも打ち明けたんです。その時は、大変だね、なんとか、父さんたちも助けるから。って、理解してくれたみたいだったんです。でも、小学校高学年になって、俺がこの力を持て余して、何が何だかよくわからなくなって、頭が混乱していた時、母と父は、上辺だけの言葉しかかけてくれませんでした。大丈夫?大変だねって。それで、俺はグレました。髪を金髪に染めて、成績はそこまで悪くなかったから、学校でグレてても、テストの点数はよくて特に何も言われなかった。中学の時の俺は、パステルカラーが見えることを忘れたくて、たくさんの女と付き合っては別れを、繰り返してました。夜の街みたいなところや、ゲーセンやカラオケに入り浸ったりもしました。ギリギリ法に触れないくらいのことばかりやってました。でも、ある時、ヤンキーだったわけじゃないのに、見た目で勘違いされて、喧嘩に巻き込まれて、友達の1人が結構大きい怪我を負って。俺は病院に行っちゃったんです。パステルカラーが見えることも忘れて。そうしたら、いろんな人の胸に、水たまりが、パステルカラーの水たまりが浮かんで見えたんです。俺は気分が悪くなって。俺は、必死で、家に帰って、知り合いが1人もいない学校を選んで受験して、髪を黒に染め直して、陰キャになったんです。そのあとは莉里さんの知ってる通り。志穂さんと莉里さんに、最初は嫌々連れ回されてましたけど、いつの間にか、楽くなっていたんです。」

あと一つ、伝えなくてはいけないことが残っていた。

「俺は、志穂さんが好きでした。今考えると、ボーイッシュでカッコいい志穂さんに憧れていただけかもしれないと思ってます。でも、夏休みの半月間、俺は確実に志穂さんが好きでした」

「そっかそっか。私と同類だね」
莉里さんはそう言って笑った。正直、驚かれると思ったし、もしかしたら気持ち悪いとまで思われてしまうかもしれないと、少し怖かった。だけど、莉里さんは、ふわっと笑った。親友を失くしたあととは思えないほどに。
「私もね、志穂が好きなの。優希君と一緒だね。ふわっと笑う志穂が大好きだった。中学まで、志穂は、明るくて花のように笑う女の子だったんだよ。でも、ショートカットにしてから、ボーイッシュに生まれ変わったみたいだった。だから、私が志穂を真似した。ふわっと笑って、周りにいる人全員癒すような、そんな人になった。」
そこまで言うと、引かないでね、と前置きした。
「私、女の子が好きな訳じゃないの、初恋は小学校の時。普通にカッコいい男の子だった。中学でも、普通に恋してた、でも。高校に入ってから、志穂を友達としてじゃない、なにか違う感情で好きになった。女の子が好きなんじゃなくて、志穂が好きなの。わかってくれる?」
「はい、なんとなく。わかります」
「そっかそっか〜、よかった」

 俺らは、言葉がなくても、気持ちが通じ合っていることを実感できた。



 屋上に吹く風が、暖かくて、でもどこか冷たくて。でも、本当に、心地よかった。
「手紙…?」
俺と莉里さんの住むアパートのポストに、一通の手紙が届いていた。




そこには、とっても懐かしい名前があった。



〜2人へ〜
 この手紙を読んでるってことは、2人は、いい感じなんだね?
 いやあ、仲のいい友達同士がいい感じだなんて。想像しただけで、最高だね!


 2人は、私が死んだ後も、きっと私のことを忘れないでくれたと思う。2人とも優しいから、心のどこかで、いつもちょっとは考えててくれたんじゃないかな(自意識過剰だったりしてw)。
 だからこそ、私は、莉里と優希に、幸せになってほしい。どうせ、明確な理由もないのに、なんか、私に悪いとか、心のどこかで思っちゃてるんじゃないの?幸せになるのをためらってるんじゃない?

 そんなことしないで。私は親友が幸せになってくれるのが1番嬉しい。むしろ、私のためだと思ってよ。2人は、ちゃんと、ちゃぁんと、結ばれてください。



 ちょっと早いけど言わせて。


                    結婚、おめでとう‼︎

「志穂ってば、私たちの幸せを願ってくれたんじゃないの?絶対泣かせようとしてるじゃん」
そう言いながら、俺の隣で泣き笑いしているのは、俺の恋人の、莉里。



 葬式の後。俺たちは、学校に退学届を出しに行き、自分たちで高校卒業試験とやらを受けることにし、同時に大学受験に向けて勉強し始めた。
 
 莉里は、1人でも志穂さんのような人を減らすために、医者に。そんな大そうなこと言えない俺は、あの時の綺麗な涙が忘れられず、絵を描くという道に進もうと決意した。

 俺たちは、一緒に勉強するうちに、距離が近づき、交際することになった。俺は売れない画家へ一直線だったから、今からでも進路を変えようかとも思ったけど、私が何とかするから、涙を、この世に残して。という莉里の言葉に甘えて、画家の道を極めているところだった。

 俺たちは、結婚も考えた。ただ、なんとなく、志穂さんのことが引っかかって、人のせいにしているわけではなくて、本当になぜだかわからないけれど、結婚はしなくてもいいよね、と話し合っていたところだった。

 きっと、莉里さんの親から、志穂さんの親に話が伝わり、それで志穂さんからの手紙が届いたのだと思う。





「絶対幸せになるからね」

そう誓った瞬間、俺に体から、力が抜けていった。

もう、パステルカラーが見えることはなかった。最後の思い出は、あの鮮やかなピンク色だ。

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