私たちは前髪事件以来、一気に距離が近くなっていつも一緒にいるようになった。
あの日から愛梨の前髪が短くなってしまったけれど、その方が可愛くなったとコソコソみんなが言っていて注目されていた。
『ぼっち』の私と『ぼっち』の愛梨は、少なからずクラスから浮いているんだろうなと思ったけれど、愛梨のような勇気のある人間が友達なら、たった一人の友達だったとしてもそれは10人の友達がいるよりも心強かった。
ある日の学校の帰り道で小さな女の子と母親が仲良く歩いていた。
私はすれ違ってしばらく歩いてから、愛梨に自分の家庭事情を告白した。
「我が家はねお父さんのギャンブルの借金が見つかって離婚したんだけど、去年くらいからお母さんが体調崩して仕事できなくなっちゃってね、それでお給料ももらえなくなっちゃって、気がついたらめっちゃ貧乏になってて、水道も止められちゃって」
「なるほど。だからお風呂に入れなかったってことだったのね」
探偵のように右の人差し指を立ててこちらを見ると、納得したという顔をして何度もうなずいていた。
「誰にも言えなくて」
「わかるよ。私もいっぱいあるもん言えないこと」
愛梨は良い意味で言葉選びに遠慮がなくてハキハキした喋り方をする子だった。
ありがちな例えをすると『明るい子』というのがピッタリで、なぜ幽霊と呼ばれるくらい自分の存在を消していたのか不思議だった。
「ていうかさ、それならうちで入りなよ。お風呂」
「え?」
思わず足を止めた。
「大丈夫だって。心配しないで」
「だって……」
「お代は取りませんから」
「そういうことじゃなくて、愛梨の親になんて言うの?」
すると愛梨は遠くを見つめて、
「うちの親も帰って来ないから……」
「どういうこと?」
ためらいがちに聞くと、
「うちはさ、お母さんが浮気性なんだよね。こっちに転校して来たのもそう。新しい男がこの町の人だったっていう」
「そうなんだ」
「ねーねー、私ぜんぜん平気。あ、うちも離婚してるけど、お父さんは東京にいるの」
「東京? 都会から来た子なんて憧れちゃう」
「そうだよ浅草生まれ。でも浅草育ちじゃないんだよねー」
そしてまた私から視線を外すと遠くを見つめた。
「お母さん芸者だったの」
と静かに言った。
「浅草芸者。駆け落ちして生まれた子供が私なんだけど、どうやら相手はお父さんではないらしいってことがわかって離婚したの」
「複雑だね」
「じゃ、誰の子だよって話」
愛梨は笑い飛ばしたけど、それは私に心配されないよう気をつかって話してくれたんだろうなと思った。
それからいつもの分かれ道まで来ると、
「でさ突然なんだけど、さっき言ったお風呂の話なんだけど、このまま家に来ない?」
「え、いいの?」
お風呂に入りたいというより愛梨ともっとお喋りがしたくて、私はいつもと反対方向の道へと歩き出した。
そこから五分もしないうちに見えてきた二階建てのアパートが愛梨の家だった。
私の家と暮らしている環境もそんなに変わりないように見えたけれど、違うとしたら愛梨のお母さんが煙草を吸う人というくらいな感じだった。
それから早速久しぶりのお風呂に入った。
なかなか泡立たない髪の毛を念入りに洗うのは大変だった。
湯船に入ると心地よい眠気に襲われて少しだけ目を閉じた。
――天国だ。
お風呂を上がると、愛梨が炭酸ジュースをコップに入れてテーブルに出してくれた。
「ありがとう。気持ちよかったー」
「良かった。良かった。乾杯しよ!」
「うん」
お菓子も食べたけどそれだけじゃ足りなくて、二人でキッチンに立ってインスタントラーメンを作って食べた。
学校の話、家庭の話、そして将来の話もした。
「私、できるなら進学校に行きたいの。そして東京の大学に行きたい」
「いいなー私は夢とかないもんなあ。勉強嫌いだし。じゃ私も東京に戻るのが夢にしよっと」
「でね、もうひとつ……。恥ずかしいんだけど、渋谷のハロウィンに行ってみたいの!」
「わかるー! 私も行きたい、ってかコスプレしたい」
「何に着たい?」
「えっとね」
私たちは喉が痛くなるほど笑って、疲れるほどたくさんの話をした。
あの日から愛梨の前髪が短くなってしまったけれど、その方が可愛くなったとコソコソみんなが言っていて注目されていた。
『ぼっち』の私と『ぼっち』の愛梨は、少なからずクラスから浮いているんだろうなと思ったけれど、愛梨のような勇気のある人間が友達なら、たった一人の友達だったとしてもそれは10人の友達がいるよりも心強かった。
ある日の学校の帰り道で小さな女の子と母親が仲良く歩いていた。
私はすれ違ってしばらく歩いてから、愛梨に自分の家庭事情を告白した。
「我が家はねお父さんのギャンブルの借金が見つかって離婚したんだけど、去年くらいからお母さんが体調崩して仕事できなくなっちゃってね、それでお給料ももらえなくなっちゃって、気がついたらめっちゃ貧乏になってて、水道も止められちゃって」
「なるほど。だからお風呂に入れなかったってことだったのね」
探偵のように右の人差し指を立ててこちらを見ると、納得したという顔をして何度もうなずいていた。
「誰にも言えなくて」
「わかるよ。私もいっぱいあるもん言えないこと」
愛梨は良い意味で言葉選びに遠慮がなくてハキハキした喋り方をする子だった。
ありがちな例えをすると『明るい子』というのがピッタリで、なぜ幽霊と呼ばれるくらい自分の存在を消していたのか不思議だった。
「ていうかさ、それならうちで入りなよ。お風呂」
「え?」
思わず足を止めた。
「大丈夫だって。心配しないで」
「だって……」
「お代は取りませんから」
「そういうことじゃなくて、愛梨の親になんて言うの?」
すると愛梨は遠くを見つめて、
「うちの親も帰って来ないから……」
「どういうこと?」
ためらいがちに聞くと、
「うちはさ、お母さんが浮気性なんだよね。こっちに転校して来たのもそう。新しい男がこの町の人だったっていう」
「そうなんだ」
「ねーねー、私ぜんぜん平気。あ、うちも離婚してるけど、お父さんは東京にいるの」
「東京? 都会から来た子なんて憧れちゃう」
「そうだよ浅草生まれ。でも浅草育ちじゃないんだよねー」
そしてまた私から視線を外すと遠くを見つめた。
「お母さん芸者だったの」
と静かに言った。
「浅草芸者。駆け落ちして生まれた子供が私なんだけど、どうやら相手はお父さんではないらしいってことがわかって離婚したの」
「複雑だね」
「じゃ、誰の子だよって話」
愛梨は笑い飛ばしたけど、それは私に心配されないよう気をつかって話してくれたんだろうなと思った。
それからいつもの分かれ道まで来ると、
「でさ突然なんだけど、さっき言ったお風呂の話なんだけど、このまま家に来ない?」
「え、いいの?」
お風呂に入りたいというより愛梨ともっとお喋りがしたくて、私はいつもと反対方向の道へと歩き出した。
そこから五分もしないうちに見えてきた二階建てのアパートが愛梨の家だった。
私の家と暮らしている環境もそんなに変わりないように見えたけれど、違うとしたら愛梨のお母さんが煙草を吸う人というくらいな感じだった。
それから早速久しぶりのお風呂に入った。
なかなか泡立たない髪の毛を念入りに洗うのは大変だった。
湯船に入ると心地よい眠気に襲われて少しだけ目を閉じた。
――天国だ。
お風呂を上がると、愛梨が炭酸ジュースをコップに入れてテーブルに出してくれた。
「ありがとう。気持ちよかったー」
「良かった。良かった。乾杯しよ!」
「うん」
お菓子も食べたけどそれだけじゃ足りなくて、二人でキッチンに立ってインスタントラーメンを作って食べた。
学校の話、家庭の話、そして将来の話もした。
「私、できるなら進学校に行きたいの。そして東京の大学に行きたい」
「いいなー私は夢とかないもんなあ。勉強嫌いだし。じゃ私も東京に戻るのが夢にしよっと」
「でね、もうひとつ……。恥ずかしいんだけど、渋谷のハロウィンに行ってみたいの!」
「わかるー! 私も行きたい、ってかコスプレしたい」
「何に着たい?」
「えっとね」
私たちは喉が痛くなるほど笑って、疲れるほどたくさんの話をした。