それから1週間くらい経った頃だった。

 期末テストが返されて教科の度にみんな一喜一憂していた。
 そしてその日は最後のテストが返されて、大体結果の把握ができたから放課後はみんなテストの順位を想定した話をしている子たちが多かった。

 私はいつも五番以内に入っていた。当然、我が家は塾に通わせてもらえるような環境じゃないから自分なりに勉強していたのだけど、それが逆に良かったのかなと思う。
 それに、「努力の賜物だよ」とお母さんはいつも誉めてくれた。
 だからどっちかっていうとテストは嫌いじゃなかった。勉強は一生懸命っていうか無心になれる。歴史が少し苦手だったけれど、進学校に行きたいという思いがあったから頑張れた。

――やっぱ数学が足引っぱんてんだな。

 心の中で小さなため息をついたその時、

「ほんっとクサイんだけど」
「マジで勉強に集中できなーい」

 未奈美が叫ぶように言った。

――きっと、私のことだ。

「もう私、クサイのはダメなの。マジ、ヤバイ!」
「順位下がったのって絶対、香穂のせいだ」

――私のせい?

 あまりにも驚き、信じられなくて両手で口を押さえながら未奈美の顔を見上げると、もうすぐそこに未奈美が立っていて、いきなり私の椅子を蹴っ飛ばしたのだ。

 ガンッ。

 体に衝撃が走った。

――何?

 未奈美の声と椅子を蹴飛ばした音にみんなもビックリしていた。

「アンタのニオイで又成績下がっちゃうんですけど。ママに怒られたら絶対アンタのせいだからね!」

 何がなんだかわからなくなって頬に伝った涙を拭っていると、

「自分だって香水のニオイまき散らしてんじゃないの?」

 そう言って私の前に立ちはだかったのは男子ではなく――愛梨だった。

――佐久間さん。

「何? アンタこそ、その前髪切りなさいよ。何て呼ばれてるか知ってる? 幽霊だよ幽霊!」

「じゃあ……」

 力強く未奈美を睨みつけ、低い声色に変わった。
 こんな私でさえ愛梨のことをおとなしい子だと思っていたくらいだから、クラスの子たちも本気で怒った顔を見て驚いていた。

 だからなのか普段から何かと悪ふざけしたりする男子でさえも、愛梨と未奈美の言い合いを茶化したりする男子はいなかった。
 むしろみんなが息をのんでその場を見守っていたような気がする。

「は? じゃあ、何?」

 挑発するように未奈美が言うと、愛梨は自分の机の中からハサミを取り出してきて、まるで私を守るかのように席の前に再度立った。

「ちょっとハサミ持ってる」
「怖い」
「マジやばいって」
「危ないから」

 みんな口々に叫び始めたその瞬間――。

「私がこの前髪切るから、もう高瀬さんのことイジメないでね」

 と言って、みんなの前で前髪を切ったのだ。
 
 愛梨は何のためらいもなくハサミを動かした。

「佐久間さん、やめて」

 私はあわてて席を立ってハサミを取り上げた。

――佐久間さん震えてる。

 半分だけ斜めになって切られた前髪から見えた瞳は、大きくて美しくて、そして涙で溢れていた。

 私も、そして未奈美たち以外の女子も、愛梨が泣いている姿を見て泣いた。