ミトは作業の邪魔にならないようにヘッドホンをつけてからパソコンを開く。
本当なら高校に行っている年齢のミト。
当然そんなことを村長たちが許すはずがなく、通信教育に頼るしかない。
今の時代はネットという便利なものがあるので助かる。
もしも、ミトが生まれたのがもっと昔だったら、外のことも知らず、まさに村の中に監禁状態であったろう。
今は軟禁というところだろうか。
それでも、いい状況とは言えないが、ネットのおかげで外の時勢を知ることができるのは大きい。
龍花の町のことを調べることは許されないが、ネットニュースを見る程度の自由はあった。
なので、村の外に出ていないながらも、一般常識は身についていると思っている。
家にもネットはないがテレビはあるので、そこからの情報もミトにとっては貴重な情報源だ。
講義の配信を見ながら、ミトは作業中の志乃をチラリと見る。
もともとミトが生まれるまでは普通に村の一員として生きてきた両親である。
当然仲のいい友人もいただろう。
ミトが生まれたことで忌み子の親となってしまったが、ミトに比べれば村人の態度は柔らかだ。
一緒に作業している主婦と、時折笑顔で世間話などもしている。
それを見てほっとすると同時に、羨ましいという気持ちが湧き上がってくる。
忌み子として生まれてしまったミトに、友人などできるはずがない。
両親以外で優しくしてくれる村人などひとりもいないのだから。
まるで洗脳だなとミトは時々思う。
昔なにがあったのかは知らないが、百年経ってもなお、村人に忌むべき存在だと思わせ続けている花の印。
そう考えると、村の人たちもなんて憐れなのだろうか。
百年前から続く、自分たちですら意味の分かっていないものに囚われているのだから。
ミトからしたら迷惑この上ないが。
せめて忌み子と断言する理由を述べろと、村長の胸ぐらを掴んで文句を言いたいところだ。
まあ、そんなことを言えば、さらに村でのミトの立場が悪くなるだけなので口にはしないけれど。
なにもできないからこそ、鬱々としたものが溜まっていくのは仕方ないことだ。
午前中の勉強を終えたら、昼食の時間だ。
志乃は主婦たちと一緒に食べるので、ミトはネットを検索しながら志乃が作ったお弁当をひとりで食べるのが日課だ。
まあ、ひとりと言っても目の届く範囲に志乃たちはいる上、ちょくちょく村長の奥さんがミトがネットで変なことをしていないか監視しにやって来るので、むしろひとりにしてくれと言いたくなる。
「ふんっ」
ミトがただのネットニュースを見ていたのを確認すると、鼻を鳴らして去って行った。
本当になにがしたいのか分からない。きっとミトのすることなすことすべてが気に食わないのだろう。
すると、昼食を終えた志乃が近付いてきたので、ヘッドホンを外す。
「今日も美味しかったよ、お母さん」
空っぽになった弁当箱を見せると、志乃は嬉しそうに微笑む。
「そう、よかったわ」
まるでちゃんと食べたことを確認しに来ているように見える志乃の行動。
それもそのはず。
以前、ミトは周囲からの圧に耐えられず、食が細くなったことがあったのだ。
食べても吐いてしまう。
お腹が減らない。けれど、心配する両親の手前無理矢理口に入れるが、どうしても飲み込めない。
飲み込んでもすぐに吐いてしまう。
今でこそ割り切ることができるようになったが、まだそれほど精神的に大人になれなかった当時のミトはかなり苦しんだ。
そして、それと同じぐらい両親を悲しませたことだろう。
それがさらに罪悪感を覚えることになり、精神的に自分を追い詰めてしまうという負の連鎖。
そこでもやはりミトを救ったのは波琉だった。
夢の中で波琉が花を摘み取って文字をつくったのだ。
それはとても短い言葉。
『ミトの心を教えて』
波琉はミトの異変に気付いたのだろうか。たったその短い言葉でミトの涙腺は決壊した。
両親に心配をかけたくないからこそ溜め込んでいた苦しい思いを、壁の向こうの波琉に向かって訴え続けた。
『どうして忌み子って呼ぶの?』
『どうしてそんな目で見るの?』
『どうして、私を仲間はずれにするの?』
そんな胸のうちを、泣きながら叫んだ。
読心術ができても、波琉にすべては伝わってはいないことは分かっていた。
それでも、一度あふれ出した言葉は止まることなく口から次々と押し出されていく。
波琉にはミトの村での立場など知るよしもない。
ミトがなにに泣いているのかも分からないはずだろうに、泣き続ける間そばにいてくれた。
そして、散々泣き喚いてミトが落ち着いた頃、波琉は最後にこう文字を作ったのだ。
『僕はミトの味方』
そうして優しく慈愛に満ちた微笑みを向けてくれた波琉に心が軽くなるのを感じた。
自分には波琉がいてくれる。
ただそれだけのことなのに、ミトは強力な盾を手に入れたかのような気持ちになったのだ。
それからは現実の世界でも、少しずつだが精神的に落ち着いていった。
けれど、母親としてはまだ心配だったりするのだろう。
ミトが食べたのを確認するのは、志乃の習慣のようになっている。