早く、早くと気ばかりが急く。
村の集会場へ向かう途中通りかかった村長の家から、真由子が出てきた。
「あら、帰ってきてたの? それとも追い出されてのこのこ戻ってきたのかしら? やっぱり忌み子なんて誰も欲しがらないってことね」
歪んだ笑みを浮かべる真由子。
「お父さんとお母さんは、どうして……」
「おじさんとおばさんも馬鹿よね。忌み子なんてかばって、外に出しちゃうから大人たちに責められるのよ。ほんと、あんたって疫病神よね。生まれてきたことが間違いだったのよ。そう言っておじいちゃんたちに土下座したら許してくれるかもね」
きゃはははっと、甲高い耳障りな笑い声が響いた。
「私のせい……」
自分の存在が未だに両親に迷惑をかけている。
確かにミトという花印を持った子供が生まれてこなければ両親は幸せに穏やかな生活をし続けられたのだろう。
そう思うと申し訳なさでいっぱいになる。
土下座ぐらいで許してくれるならいくらだってする。
けれど、村長たちにとってミトが生まれてきたこと自体が罪なのだと告げるだろう。
そんなことを言われてしまったら、自分はいったいどうしたらいいのか。
ミトはぐっと手を握り、悔しさを押し殺していると、波琉が動き真由子の胸倉を掴んで持ちあげた。
「きゃあ! なによ、あんた誰! 私にこんなことしてただですむと思ってるの!?」
「うるさい」
その短い言葉だけで、波琉が激しく怒っているのを感じる。
「僕のミトに生まれてきたことが間違いだって言ったの? お前ごとき狭小な分際が? ひねりつぶしてあげようか?」
「ひっ!」
波琉の怒気に真由子は恐怖に顔を歪める。
「波琉、駄目」
か細くもしっかりとしたミトの否定の言葉に、どうして?と言いたげな表情。
「この村ではそういう考えが普通なの。きっとなにを言ったって変わりはしない。それよりもお父さんとお母さんを助けたい」
「分かったよ」
やれやれと仕方なさそうに波琉は真由子から手を離した。
最後は投げ捨てるように乱暴だったが、真由子の無事を気にしてあげるほど自分は優しい人間ではない。
怯える真由子を一瞥すると、なにも声をかけることなく集会所へと足を向けた。
たどり着いた集会所を窓からそっと覗き込むと、村の大人たちに殴られて床に倒れ込む昌宏が目に入った。
思わず声に出しそうになったのを、ぐっと飲み込む。
「あなたっ!」
志乃が倒れた昌宏に駆け寄る。
昌宏はよほど強く殴られたのか、口の端から血を流していた。
そんなふたりの前に村長が一歩前に出てくる。
「今からでも遅くない。ミトをこの村に連れ戻せ。お前たちの言葉ならあの忌み子も従うだろう。あれは村の外に出してはいけない存在だ」
「村長の言う通りだ!」
「忌み子は災厄しか呼ばない!」
そうだ、そうだと、村の衆が相槌を打つ。
ミトを忌み子と信じ込んでいるその顔は、先ほどの真由子と同じ表情をしていた。
「あんたたちになんと言われようと、ミトは俺たちの娘だ! 娘の幸せを第一に考えるのは当然のことだろう」
「その通りよ。ミトはこの村では幸せにはなれない。あの子がいるべき場所はここではないわ」
村の人たちから責められ暴力を振るわれてもなお、ミトをかばう両親に涙があふれる。
どんなに怖いだろうか。
ミトもまさか村長たちがここまでのことをするとは予想外だった。
それでも、昌宏と志乃の目は強い光を失っておらず、ミトへの深い愛情を感じさせた。
「お父さん……。お母さん……」
嗚咽を殺しながら、ポロポロと涙が頬を伝う。
ミトのこの村においての立場は、決していいものではなかったが、このふたりの元にうまれてこれたこと。
それがなによりの幸運だと思えた。
「考えは変わらぬか。なら変わるまでもう少し痛めつけるしかあるまい。我々とて好んでしているわけではないのだ。すべては星奈の一族のため必要なことなのだ」
村長が視線で支持を出したのを見て、村の大人たちが動き出す。
志乃をかばうように身構える昌宏の姿に、ミトは慌てて中に入ろうとしたが、それを波琉が止める。
「波琉?」
「ミトはここに。僕が行ってくるよ」
「でも!」
「いい子だからここで待っててね」
そう言うと、波琉はそっと触れるだけの口づけをミトの額に落とした。
カッと顔を赤くするミトに微笑んでから、波琉は集会所の中へと入っていった。
それをハラハラとした気持ちで見ていると、そばにクロがやって来た。
『ミト、さっきのは?』
「波琉だよ。私と同じアザのある龍神様」
『ああ、それならきっと大丈夫ね』
そうだといいのだが、波琉が龍神だと分かってはいても心配はなくなってはくれない。
そうこうしているうちに、突然入ってきた人外の美しさを持った波琉の登場に、村の大人たちはにわかにざわめき立つ。
「誰だ!?」
「なんだお前!」
見知らぬ者がやって来て、激しく動揺しているのが伝わってくる。
けれど波琉はそんな空気の中でも冷静そのもので、ミトの両親の前で立ち止まると、視線を合わせるようにしゃがんだ。
「大丈夫?」
「は、はい」
「あなたは?」
昌宏と志乃も混乱しているようだ。けれど害のある相手ではないことはなんとなく伝わっているのかもしれない。
「もう少し我慢していてね。これが終わったら皆で帰ろう」
「帰るって……」
困惑しているふたりを置いて、春休み立ちあがり村長たちをにらみつける。
「ほんとうに人間という者はいつの時代も愚かなことをしたがるね」
「どこの誰か知らないが、無関係な奴は黙っててくれ。これは星奈の一族の問題だ」
「僕も普段なら放置しているところなんだけどね。ミトが泣くんだ。君たちの行いのせいで」
ぶわりと波紋のように強い気が充満していくのが分かる。
「なんだ、なんだ!」
見えないが、なにかの気配を感じるのだろう。
次の瞬間、村長を始めとした村の大人たちが息苦しそうに胸を押さえて座り込んだ。
「ぐあっ」
「ぐっ……」
苦しげにうめく大人たちとは反対になんの影響もない昌宏と志乃はあっけにとられた顔をしていた。
ミトは辛抱たまらなくなって、集会所の中に飛び込んだ。
「お父さん、お母さん!」
「ミト!?」
ふたりは目を大きくしてミトの登場に驚きをあらわにする。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だが、こちらの方は。まさか」
察しのいい昌宏は波琉が誰か分かったようだ。
「うん。彼が波琉。ふたりを迎えに来たの。そうしたらこんなことになってて……」
ミトは悲しげに血が流れる昌宏の口に視線を向けた。
「ごめんね。お父さん、お母さん」
生まれてきてしまって。
そんなことは口が裂けても言えなかった。
身を挺して守ってくれているふたりを侮辱するような気がして。
「いいんだよ、ミト。お前を守れるなら」
「ちゃんと波琉君と会えたのね。ミトの言っていた通りイケメンだわ」
場違いなほどに笑顔の両親。
それ以上の謝罪はいらないというようなふたりの態度に、ミトも笑みを浮かべた。
「そうでしょう。言ったじゃない」
そうしている間も、波琉から発せられる強い神気にあてられた村の大人たちは、苦しげにしていた。
「これぐらいしたら、懲りるかなぁ。どうする? もう少し懲らしめよっか?」
まるで夕食にもう一品増やす?と問うかのような軽さで聞いてくる波琉に、昌宏と志乃はブンブンと首を横に振った。
「じゃあ、これぐらいで。でもミトにこれまでしてきたこともあるから追加でドーン」
波琉の言った通り、ドーンと激しく耳をつんざく音と、眩い閃光が走った。
そのあまりの衝撃に、ミトは気を失ってしまったのだった。