村長たちがいなくなったリビングで、蒼真はドカッと椅子に座った。
「さっそく話をするから座れ」
まるで自分が家主のように指示する蒼真に、ミトは両親と顔を見合わせて苦笑する。
全員が席についたところで、蒼真にもう一度アザを見せるように言われて、ミトは手を差し出した。
蒼真はスマホを操作して、画面とミトの手のアザを見比べていた。
「あー、どうりで見つからねえわけだよ」
「なにがですか?」
ミトが疑問符を浮かべて問うと、蒼真はスマホの画面を見せていた。
両親も身を乗り出して画面を見ると、そこにはミトと同じ花のアザを持った手が写っていた。
しかし、その手はミトのものではない。もっと大きく女性というより男性の手だった。
「あら、ミトと同じアザ」
「ほんとだ」
「これは?」
ミト家族は驚きつつ蒼真の言葉を待った。
「これは、十数年前に龍花の町に降りた紫紺の王のアザを写したものだ」
「しこんのおう?」
ミトだけでなく昌宏と志乃も首をかしげた。
「そっからかよ」
やれやれとため息をつく蒼真に、ミト家族は申し訳なさそうにした。
「すみません。情報を得るための道具はミトが生まれた時に全部村長に取りあげられているんです」
「勉強を理由にミトは村長宅のパソコンを使わせてもらってるんですが、常に監視されていて、龍花の町のことを調べることもできずにいて……」
「一度検索したことがあったけど、後で見つかってかなり怒られてからは下手な行動はできなくって」
しゅんとするミト親子を見た蒼真は軽く舌打ちする。
「くそだな、あの村長。いや、村人全員か。……まあそれなら仕方ない。紫紺の王は龍神の中でもっとも格の高い龍神の頂点に立つ方だ。アザが現れたことで龍花の町に来られたが、それからずっと同じアザを持つ者が見つからないままでいたんだよ」
「ということは、その紫紺の王という方がミトのお相手の方ということですか?」
「まあ、そうなるんだが、紫紺様は同じアザを持っている者が見つかっても伴侶にはしないと明言されている」
「えっと、それじゃあ私は龍花の町には行けないんですか?」
それは困る。あれだけの騒ぎを起こしたのだ。このままこの村にいてはこれまで以上に扱いがひどくなるのは目に見えている。
「いや、龍神が伴侶に選ばなかったとしても、花印を持つ者は基本的に龍花野町で暮らしてもらうことになっているから、そちらに問題がなければ一緒に来てもらいたい」
「行きます! なあ、ミト?」
昌宏が目を輝かせて身を乗り出す。
ミトもここから出られると聞いてほっとした。
「うん」
「それならいいが、さっきも言ったように、紫紺様はお前を伴侶に選ばない可能性が高い。それは覚悟しておいてくれ」
「それは大丈夫です」
ミトの脳裏に浮かんだのは波琉の顔。
「好きな人がいるから、むしろ助かります」
所詮子供の初恋と言われてしまったらそれまでだが、今は波琉以外の人となんて考えられない。
「ふふふ、ミトにはイケメンの波琉君がいるものねぇ」
「ただの夢だろう。そんな奴すぐに忘れるさ」
生暖かい眼差しでニヤニヤする志乃とは反対に、昌宏は機嫌が悪そうに眉をひそめる。
「からかわないでよ、お母さん。こっちは一応本気なんだから」
「ちょっと待て!」
突然話に割り込んできた蒼真は、若干頬を引きつらせていた。
「波琉ってのは誰だ?」
「えーと……」
夢の中の住人に恋してますとは、恥ずかしくて口ごもっていると、ミトの代わりに志乃が話しだしてしまう。
「この子ったら、夢で見るイケメンの波琉君っていう男性に恋しちゃってるんですよ。かわいらしいと思いませんか?」
蒼真はすぐには反応せず、もうひとりの男性と顔を見合わせた。
「蒼真さん、これってマジっすか? 都合よすぎないですか?」
「いや、偶然って可能性も……」
「あの、なにか?」
蒼真は悩ましげな表情を浮かべる。
「俺たちがそもそもこの村に来た理由を知ってるか?」
「さあ? お父さんたち知ってる?」
神薙が来ることに意識がいっていて、こんな辺鄙な村に来る理由までは考えていなかった。
「俺は紫紺様の命令で人探しをしていたんだ。けど、戸籍を調べてもそんな者は見つからない。そこで関りがあるんじゃないかとこの星奈の一族を調べに来たんだ」
「見つかったんですか?」
「紫紺様から探してこいと言われたのは、星奈ミトという十六歳前後の女だ」
「えっ、私?」
まさかそこで自分の名前が出ると思わなかったミトはきょとんとした。
「紫紺様のお名前は波琉というんだが、覚えはないか?」
覚えがないもなにも、今話したところだ。
「え、え?」
ミトは話についていけずに混乱状態に陥る。
「紫紺様は銀髪に紫紺の瞳を持った、美しい顔立ちをされた方だ」
「私の知ってる波琉もそうです……」
その場に沈黙が落ちた。
ミトはもちろんのこと、両親や蒼真も
「……まあ、実際に会ってみた方が早いだろう。さっそくだが、龍花の町に行くから準備してくれ」
「今!? さすがにすぐってわけには。出発は明日とかじゃ駄目ですか?」
「それもそうだな。両親と別れの挨拶をする時間も必要だろう」
その言葉に驚いたのはミトだけではない。
「待ってください! 俺や志乃は一緒に行けないんですか!?」
昌宏が焦燥感を滲ませて蒼真に食ってかかる。
「星奈の一族が龍花の町から追放されたことは知っているだろう?」
「はい」
「星奈の一族を追放したのは紫紺様と同格にあられる金赤の王だ。その決定を覆すことができるのは、紫紺様しかいない。星奈ミトという人物は町に入ることを紫紺様により許可されたが、他は紫紺様から許可されていないから、星奈の一族であるあんたたちを龍花の町に立ち入らせることはできないんだ」
「そんな……」
昌宏はがっくりと肩を落とす。
「そう気を落とすな。ようは紫紺様から許可をもらえたらいいんだから、あんたたちの娘が紫紺様にお願いしたらいい。許可が出次第迎えをやるから、数日我慢してくれ」
「数日の間なら」
それを聞いて、ミトもほっとした表情を浮かべる。
「絶対許可をもぎ取ってくるから安心して」
「頼りにしてるわよ。私もミトの愛しの波琉君と会いたいし」
そうだ、忘れてはいけない波琉のこと。
ずっと夢の中の存在だと思っていた。昨日の夜だって、もちろん波琉の夢を見ていたのに、実際に会うことなど考えもしなかった。
そして忘れてはいけないもうひとつのこと。ミトは現実に存在している彼に告白したことになる。
「うわぁぁぁぁ」
ミトは恥ずかしさのあまり顔から湯気が出そうだ。
「お母さんどうしよう! ほんとにその人が波琉だったらショック死しちゃうかも」
身もだえるミトを見ても、志乃は微笑ましそうに笑っていた。
「あらいいじゃない。その勢いで告白しちゃいなさい」
「無理無理無理無理」
「お父さんは断じて許さんぞ! ミトに恋人は早い!」
「別に結婚するわけじゃないんだからいいじゃない」
やだやだと駄々をこねる昌宏をなだめ、ミトは翌日に向けて準備を始めた。
「さっそく話をするから座れ」
まるで自分が家主のように指示する蒼真に、ミトは両親と顔を見合わせて苦笑する。
全員が席についたところで、蒼真にもう一度アザを見せるように言われて、ミトは手を差し出した。
蒼真はスマホを操作して、画面とミトの手のアザを見比べていた。
「あー、どうりで見つからねえわけだよ」
「なにがですか?」
ミトが疑問符を浮かべて問うと、蒼真はスマホの画面を見せていた。
両親も身を乗り出して画面を見ると、そこにはミトと同じ花のアザを持った手が写っていた。
しかし、その手はミトのものではない。もっと大きく女性というより男性の手だった。
「あら、ミトと同じアザ」
「ほんとだ」
「これは?」
ミト家族は驚きつつ蒼真の言葉を待った。
「これは、十数年前に龍花の町に降りた紫紺の王のアザを写したものだ」
「しこんのおう?」
ミトだけでなく昌宏と志乃も首をかしげた。
「そっからかよ」
やれやれとため息をつく蒼真に、ミト家族は申し訳なさそうにした。
「すみません。情報を得るための道具はミトが生まれた時に全部村長に取りあげられているんです」
「勉強を理由にミトは村長宅のパソコンを使わせてもらってるんですが、常に監視されていて、龍花の町のことを調べることもできずにいて……」
「一度検索したことがあったけど、後で見つかってかなり怒られてからは下手な行動はできなくって」
しゅんとするミト親子を見た蒼真は軽く舌打ちする。
「くそだな、あの村長。いや、村人全員か。……まあそれなら仕方ない。紫紺の王は龍神の中でもっとも格の高い龍神の頂点に立つ方だ。アザが現れたことで龍花の町に来られたが、それからずっと同じアザを持つ者が見つからないままでいたんだよ」
「ということは、その紫紺の王という方がミトのお相手の方ということですか?」
「まあ、そうなるんだが、紫紺様は同じアザを持っている者が見つかっても伴侶にはしないと明言されている」
「えっと、それじゃあ私は龍花の町には行けないんですか?」
それは困る。あれだけの騒ぎを起こしたのだ。このままこの村にいてはこれまで以上に扱いがひどくなるのは目に見えている。
「いや、龍神が伴侶に選ばなかったとしても、花印を持つ者は基本的に龍花野町で暮らしてもらうことになっているから、そちらに問題がなければ一緒に来てもらいたい」
「行きます! なあ、ミト?」
昌宏が目を輝かせて身を乗り出す。
ミトもここから出られると聞いてほっとした。
「うん」
「それならいいが、さっきも言ったように、紫紺様はお前を伴侶に選ばない可能性が高い。それは覚悟しておいてくれ」
「それは大丈夫です」
ミトの脳裏に浮かんだのは波琉の顔。
「好きな人がいるから、むしろ助かります」
所詮子供の初恋と言われてしまったらそれまでだが、今は波琉以外の人となんて考えられない。
「ふふふ、ミトにはイケメンの波琉君がいるものねぇ」
「ただの夢だろう。そんな奴すぐに忘れるさ」
生暖かい眼差しでニヤニヤする志乃とは反対に、昌宏は機嫌が悪そうに眉をひそめる。
「からかわないでよ、お母さん。こっちは一応本気なんだから」
「ちょっと待て!」
突然話に割り込んできた蒼真は、若干頬を引きつらせていた。
「波琉ってのは誰だ?」
「えーと……」
夢の中の住人に恋してますとは、恥ずかしくて口ごもっていると、ミトの代わりに志乃が話しだしてしまう。
「この子ったら、夢で見るイケメンの波琉君っていう男性に恋しちゃってるんですよ。かわいらしいと思いませんか?」
蒼真はすぐには反応せず、もうひとりの男性と顔を見合わせた。
「蒼真さん、これってマジっすか? 都合よすぎないですか?」
「いや、偶然って可能性も……」
「あの、なにか?」
蒼真は悩ましげな表情を浮かべる。
「俺たちがそもそもこの村に来た理由を知ってるか?」
「さあ? お父さんたち知ってる?」
神薙が来ることに意識がいっていて、こんな辺鄙な村に来る理由までは考えていなかった。
「俺は紫紺様の命令で人探しをしていたんだ。けど、戸籍を調べてもそんな者は見つからない。そこで関りがあるんじゃないかとこの星奈の一族を調べに来たんだ」
「見つかったんですか?」
「紫紺様から探してこいと言われたのは、星奈ミトという十六歳前後の女だ」
「えっ、私?」
まさかそこで自分の名前が出ると思わなかったミトはきょとんとした。
「紫紺様のお名前は波琉というんだが、覚えはないか?」
覚えがないもなにも、今話したところだ。
「え、え?」
ミトは話についていけずに混乱状態に陥る。
「紫紺様は銀髪に紫紺の瞳を持った、美しい顔立ちをされた方だ」
「私の知ってる波琉もそうです……」
その場に沈黙が落ちた。
ミトはもちろんのこと、両親や蒼真も
「……まあ、実際に会ってみた方が早いだろう。さっそくだが、龍花の町に行くから準備してくれ」
「今!? さすがにすぐってわけには。出発は明日とかじゃ駄目ですか?」
「それもそうだな。両親と別れの挨拶をする時間も必要だろう」
その言葉に驚いたのはミトだけではない。
「待ってください! 俺や志乃は一緒に行けないんですか!?」
昌宏が焦燥感を滲ませて蒼真に食ってかかる。
「星奈の一族が龍花の町から追放されたことは知っているだろう?」
「はい」
「星奈の一族を追放したのは紫紺様と同格にあられる金赤の王だ。その決定を覆すことができるのは、紫紺様しかいない。星奈ミトという人物は町に入ることを紫紺様により許可されたが、他は紫紺様から許可されていないから、星奈の一族であるあんたたちを龍花の町に立ち入らせることはできないんだ」
「そんな……」
昌宏はがっくりと肩を落とす。
「そう気を落とすな。ようは紫紺様から許可をもらえたらいいんだから、あんたたちの娘が紫紺様にお願いしたらいい。許可が出次第迎えをやるから、数日我慢してくれ」
「数日の間なら」
それを聞いて、ミトもほっとした表情を浮かべる。
「絶対許可をもぎ取ってくるから安心して」
「頼りにしてるわよ。私もミトの愛しの波琉君と会いたいし」
そうだ、忘れてはいけない波琉のこと。
ずっと夢の中の存在だと思っていた。昨日の夜だって、もちろん波琉の夢を見ていたのに、実際に会うことなど考えもしなかった。
そして忘れてはいけないもうひとつのこと。ミトは現実に存在している彼に告白したことになる。
「うわぁぁぁぁ」
ミトは恥ずかしさのあまり顔から湯気が出そうだ。
「お母さんどうしよう! ほんとにその人が波琉だったらショック死しちゃうかも」
身もだえるミトを見ても、志乃は微笑ましそうに笑っていた。
「あらいいじゃない。その勢いで告白しちゃいなさい」
「無理無理無理無理」
「お父さんは断じて許さんぞ! ミトに恋人は早い!」
「別に結婚するわけじゃないんだからいいじゃない」
やだやだと駄々をこねる昌宏をなだめ、ミトは翌日に向けて準備を始めた。