客間の廊下側は縁側になっており、そこから外の様子を見ることができる。
先ほどから村の人間が慌ただしく走り回ているのが嫌でも視界に入ってくる。
「熊に猿に猪が襲ってくるって、そんなこと普通あります?」
「さあな」
補佐の疑問に興味がなさそうに空返事をしながら、ぼんやりと庭先を見ていた蒼真の元に、勢いよく男性が走り込んできた。
警戒して身構える蒼真に、男性は息を切らしながら言葉を絞り出した。
「あなたが龍花の町からきた神薙の方で間違いありませんか!?」
「ああ」
「俺は星奈昌宏です。娘のミトを助けてください! 娘は花印を持っています!」
「はっ? どういことだ」
昌宏のあまりに必死な様子に、最初の警戒心はどこかに吹っ飛び身を乗り出す蒼真。
しかもこの昌宏という男は今聞き捨てならない言葉を吐いた。
「お前、今ミトと言ったか? お前の娘は星奈ミトというのか?」
「え? ええ、そうです。けど今は名前よりミトを助けてください」
「助けろって、それはどういうことだ?」
なんだかややこしいことになりそうな予感をしながらも、放っておける内容ではなかった。
「詳しく話せ」
「はい。ミトは花印を持って生まれました。しかしこの村では花印を持つ子は忌み子とされて、村長から生まれたことをなかったことにされたんです。国に報告しようにも俺たち家族は村長から監視されていてーー」
「昌宏! お前なにしてる!」
昌宏の言葉を遮るように、大きな怒鳴り声がした。
はっと振り向けば、村長を含めた村の男性たちが憤怒に彩られた顔で立っていた。
「くそっ、うまく抜け出せたと思ったのに、もう戻ってきたのか」
苛立たしげにする昌宏は、村長たちから蒼真へ視線を戻す。
「お願いします。ミトは家にいるんです!」
「お前たち、昌宏を黙らせろ!」
慌てる村長は村の若い衆に命じると、男性たちが昌宏を羽交い絞めにして止めようとする。
しかし、昌宏もこのチャンスを逃すまいと必死に抵抗した。
「ミトは花印を持っているんです! 本来ならここにいるべき子じゃない」
「黙れ!」
「自分がなにをしてるか分かってるのか!」
「分かってるからこうしてるんだ! これ以上、あの子をあんたたちの犠牲にしたくないっ」
揉み合う昌宏たちを、蒼真は冷静な表情で見つめていた。そして、村長に鋭い眼差しを向ける。
「村長、これはどういうことなんだ?」
「彼は少し疲れているんです。前々から嘘をつくのが好きでしてな。ははは……」
村長は笑って誤魔化そうとするが、そんな言葉を信じるはずがない。
「彼の娘はミトというらしいが、あんたはミトなんて名前の娘はいないと言っていなかったか?」
それまで一応丁寧に話していた蒼真から敬語が抜ける。
「からかっているんですよ」
「花印を持っているという話は? それも嘘だと言うつもりか?」
蒼真から発せられる静かな威圧感に、村長の表情も強張る。
「そ、その通りです」
「話にならんな」
蒼真は村長への興味をなくし、未だ揉み合う昌宏を押さえ込もうとしている男性たちを一喝した。
「離せ!」
発したのは、たったひと言。
しかし、男性たちをひるませるには十分な迫力があった。
男性たちは村長の顔色を窺うように見るが、村長から指示が出ることはない。
どう動くべきか、必死に考えを巡らせているように見えた。
「聞こえなかったか? とっととそいつを離せ」
地を這うような低い声が男性たちを威嚇すると、彼らは蒼真の迫力に負けてゆっくりと昌宏から離れた。
「おい、そこの奴。昌宏だったか?」
「はい!」
「家に案内しろ。その娘が本当に花印を持っているか確認する必要がある」
「あ……、ありがとうございます。ありがとうございます!」
昌宏は今にも涙を流しそうに目を潤ませて、蒼真に何度も頭を下げた。
先ほどから村の人間が慌ただしく走り回ているのが嫌でも視界に入ってくる。
「熊に猿に猪が襲ってくるって、そんなこと普通あります?」
「さあな」
補佐の疑問に興味がなさそうに空返事をしながら、ぼんやりと庭先を見ていた蒼真の元に、勢いよく男性が走り込んできた。
警戒して身構える蒼真に、男性は息を切らしながら言葉を絞り出した。
「あなたが龍花の町からきた神薙の方で間違いありませんか!?」
「ああ」
「俺は星奈昌宏です。娘のミトを助けてください! 娘は花印を持っています!」
「はっ? どういことだ」
昌宏のあまりに必死な様子に、最初の警戒心はどこかに吹っ飛び身を乗り出す蒼真。
しかもこの昌宏という男は今聞き捨てならない言葉を吐いた。
「お前、今ミトと言ったか? お前の娘は星奈ミトというのか?」
「え? ええ、そうです。けど今は名前よりミトを助けてください」
「助けろって、それはどういうことだ?」
なんだかややこしいことになりそうな予感をしながらも、放っておける内容ではなかった。
「詳しく話せ」
「はい。ミトは花印を持って生まれました。しかしこの村では花印を持つ子は忌み子とされて、村長から生まれたことをなかったことにされたんです。国に報告しようにも俺たち家族は村長から監視されていてーー」
「昌宏! お前なにしてる!」
昌宏の言葉を遮るように、大きな怒鳴り声がした。
はっと振り向けば、村長を含めた村の男性たちが憤怒に彩られた顔で立っていた。
「くそっ、うまく抜け出せたと思ったのに、もう戻ってきたのか」
苛立たしげにする昌宏は、村長たちから蒼真へ視線を戻す。
「お願いします。ミトは家にいるんです!」
「お前たち、昌宏を黙らせろ!」
慌てる村長は村の若い衆に命じると、男性たちが昌宏を羽交い絞めにして止めようとする。
しかし、昌宏もこのチャンスを逃すまいと必死に抵抗した。
「ミトは花印を持っているんです! 本来ならここにいるべき子じゃない」
「黙れ!」
「自分がなにをしてるか分かってるのか!」
「分かってるからこうしてるんだ! これ以上、あの子をあんたたちの犠牲にしたくないっ」
揉み合う昌宏たちを、蒼真は冷静な表情で見つめていた。そして、村長に鋭い眼差しを向ける。
「村長、これはどういうことなんだ?」
「彼は少し疲れているんです。前々から嘘をつくのが好きでしてな。ははは……」
村長は笑って誤魔化そうとするが、そんな言葉を信じるはずがない。
「彼の娘はミトというらしいが、あんたはミトなんて名前の娘はいないと言っていなかったか?」
それまで一応丁寧に話していた蒼真から敬語が抜ける。
「からかっているんですよ」
「花印を持っているという話は? それも嘘だと言うつもりか?」
蒼真から発せられる静かな威圧感に、村長の表情も強張る。
「そ、その通りです」
「話にならんな」
蒼真は村長への興味をなくし、未だ揉み合う昌宏を押さえ込もうとしている男性たちを一喝した。
「離せ!」
発したのは、たったひと言。
しかし、男性たちをひるませるには十分な迫力があった。
男性たちは村長の顔色を窺うように見るが、村長から指示が出ることはない。
どう動くべきか、必死に考えを巡らせているように見えた。
「聞こえなかったか? とっととそいつを離せ」
地を這うような低い声が男性たちを威嚇すると、彼らは蒼真の迫力に負けてゆっくりと昌宏から離れた。
「おい、そこの奴。昌宏だったか?」
「はい!」
「家に案内しろ。その娘が本当に花印を持っているか確認する必要がある」
「あ……、ありがとうございます。ありがとうございます!」
昌宏は今にも涙を流しそうに目を潤ませて、蒼真に何度も頭を下げた。