わたしは一瞬、敦士が何を言ったのか理解できなかった。
 頬が赤いのは、酒のせいなのか、はたまた。

 でも、今の言葉が酒の勢いで出たものではないことは、理解できた。
 いま、わたしが目線を移したとき、敦士はいつもみたいにへらへらした顔をしていなくて。

 子供の頃からこれまでに一度も見たことのない、真剣なまなざしを、こちらに向けていたのだった。


 わたしが、ぱくぱくと薄く唇を開くだけで話し出さないのを見て、敦士はさらに言葉を継いだ。



「正直、いつも話を聞きながら思ってたよ。おれだったら、梢にそんな思いをさせたりしねえんだけどなーってさ」
「……」
「ガキの頃からの長い付き合いだからさ。それにおれはもう、知っちゃってるかって訊かれたら、知っちゃってるからね。梢が考える、理想の恋人のすがたを。……だからそういう意味では、他の男には簡単に負けねえと思ってるけど?」

 
 こんなことを言うのは、正直めっちゃくちゃ悔しいんだけど。

 わたし、こういう男、嫌いじゃないな。

 そのことに、今、気がついた。


 でもさ、敦士もずるくないか。傷心で弱っている幼馴染をかっさらおうとするなんて。

 まあよく考えれば、わたしのこれまでの行いのほうが、よっぽどずるいか。
 そして、それを全部知ったうえで言ってるんだろうな、この男は。

 ああ、でもやっぱ、ずるいわ。


「……わたしの方が」
「ん?」
「タマネギ育てるよりも、わたしの方が、よっぽど手がかかると思うよ」
「はん。大切なことは、どっちも変わんねえよ」


 敦士はそう言って向こう側から手を伸ばすと、わたしの頭に、ぽん、とのせた。


「丹精尽くして、面倒見るさ」


 手を伸ばせば簡単に届く場所で、陽炎でも、逃げ水でもない存在が、照れ臭そうに笑っていた。
 ふん、と鼻を鳴らしながらわたしは視線をテーブルに落とす。

 土に還りたい、と願っていたのは間違っていた。わたしはもともと、はるか昔から既に自分で地に潜っていた。
 いつか花を咲かすなり、実をつけるなりしないものかと思いながら。


 そしてたった今、敦士に土の中から掘り出されたのは、自分なのだ。


 あらためてそう自覚しつつ、わたしは頭の中で、再びこの街に戻る転居費用の計算を始めた。



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