男には理解できない、女の気持ち。
 女にはわからない、男のこだわり。
 そんなものが全て一つに調和して溶け合える関係を築ける異性をこの世界でたった一人だけ見つけろという方が、そもそも無理がある話だ。それならまだ宝くじを当てたり、たまたま乗った飛行機が墜落する確率の方がまだ高い気がする。

 今日もそんな風に、わたしは自分に言い訳をしながら、恋人に別れを告げた。たまに自分が捨てられる側にまわることもあれど、過去を遡ればこちらから振った回数の方が多かったと思う。ああもうダメだ……と思うと、どれだけぐつぐつと煮えていた気持ちも、みるみるうちに温度が下がってしまう。同時に浮かぶのは(このままだらだらと付き合っててもなあ)という気持ちだった。
 この人なら理解者になってくれるかもしれない、しかもかっこいいし……という存在にようやく巡り合った気がしていた。わたしはこれまでずっと何度も、何人もの男に対してそう思ってきた。
 しかし結局は、また間違えてしまった。もう正解を導き出せる気がしない。

 基本的に、別れた男の思い出は全部捨てるし、連絡先も残さない。だから、わたしはこれで何度目かわからない作業を、帰り道を歩きながらも早々に実行した。スマートフォンに入っていた写真は全部消した。アクセサリーとして以前もらった指輪は持っているのすらおぞましく、かと言って川や海に捨てると、いずれ巡り巡って自分の身体の中に飲料水として戻ってきそうだったから、要らないレシートにくるんで駅のゴミ箱に叩き捨てた。 

 ぜんぶ夢であったのか、幻であったのか。
 答えを出せないまま、わたしは振り返って、何事もなかったような顔をしながら、ターミナルの雑踏に存在を溶かした。


***


 一人で暮らす部屋に戻る。そこには団らんどころか温もりすらなく、玄関のドアを開けたら、ひんやりした冷気がまとわりつくように出迎えてきた。
 わたしの実家は農家を営んでいるが決して豪農ではなく、かつ、わたしは吹けば飛ぶような小ぢんまりとした家と農機具、ただ無駄に広いだけの畑に人生を支配され続けるのが嫌だった。だから普通の会社員として暮らせればそれ以上望まない……と思って、高校卒業後は無理矢理に大学へ進学がてら都市部に出てきた。
 裕福ではない家計から学費を出させるのは、まるで親に借りを作るようで避けたかった。学生時代はアルバイトで食いつなぎつつ学費を稼ぎ続け、同級生たちが遊びほうける長期休暇も、増えては減ってを繰り返す通帳の数字を眺めて過ごした。そして社会人となった今も、振り返った時にすぐ後ろにいた「奨学金」という名の借金を返し続けている。

 生まれる家も親も選べなかったわたしが選べたのは、いま過ごしているこの生活以外にどんな選択肢があっただろう。考えれば考えるほどに憂鬱になって、母親の腹の中から産まれてきた分際で、いっそ土に還りたくなった。