「なら、エッチしてるね」
「それが……やっぱりしないとだめなのかな」
「……ふーん」
「なに?」
「怖くてエッチできないけど、彼にうまく伝えられない」
「……うん」

 ピンポンピンポン。
 頭の中で聞こえる、いつも駅で耳にしている音。正解は正解だ。しかしあたしは自分で質問したくせに、なんだか憧れの男子と親友の女子の生々しいところをまざまざと見せつけられたような感じがして、何かが食道を急速にせりあがってくる感覚を必死にこらえた。

「キスまでしてエッチはさせないなんて本当はおれのこと嫌いなのか……とか言われたらどうしよう、って?」
「怜ちゃん。なんでわかるの」
「さあ? わかっちゃうんだよ。なんとなく」

 今や葵は、さっきまでの思いつめた表情がどこかに飛んでいって、感心したような表情で頷いている。片やあたしは吐き気と頭痛に苛まれていた。ひとつは、葵の純真すぎる部分へのもどかしさ。もうひとつは、これだから男は、という感情による。ヤった女の人数を勲章代わりに大人になっていくのが、男という生き物なのだろうか。

「それで、葵はなんでそこから別れようと思っちゃったの?」
「悩み始めてから、彼の言うことがねじ曲がって伝わってくる感覚があって。そういうことがしたいなら、彼には他の人がいいのかなとか。そんな中途半端な状態じゃ、逆にわたしの方が失礼な気がするの」
「ふーん」

 当の本人たちは至極真面目に考えているつもりのことでも、傍から見ている他人からすれば「どうしてこんなにボタンを掛け違ってる?」と思うようなことは多い。まさに今もだ。
 まあ、今は葵の言い分しか聴いていないし、彼が本当にどう思っているかなんてわからないけど。
 ならば。

「別れたいんならさ」
「うん」
「あたしが、彼を奪ってあげようか」
「え?」

 もっとまともな回答が返ってくると思っていたであろう葵は、ぎょっとした表情であたしの方を見た。当然の反応だと思う。自分の公認で自らの恋人を奪わせるなんて発想を思いつくのは相当なサイコパスだ。
 でも、これであたしは自分の想い人を、自分の親友を傷つけずに奪い去ることができるだろう。他人に譲り続ける人生など、たとえ葵には歩けたとしても、あたしには無理だ。欲しいものは全部自分のものにしたい。自分のものにならないなら、いっそどうなってもいい。ずっと見ないようにしていたけれど、これがあたしの本当の感情。
 自分もただの醜いメスの一匹でしかない。それを認めるだけで、だいぶ胸がすっとした。

「まあ、見ててよ。あたしが自然に、葵から彼を遠ざけてあげる」
「でも、怜ちゃんは……」
「大丈夫。あたしのことは気にしなくていいから」

 あたしは少しだけ大きな声で、好きでもない相手と付き合うことになってもいいのか、という葵の問いを封殺した。ばかげているとは思いながらも、あたしが純粋に自分の願望を叶えようと思ったら、この方法しか浮かばない。

 (ゆる)された環境の中で、親友の彼氏を奪う。
 その背徳感は鳥肌が立つほど甘くて、かつ吐き気がするほど醜悪だった。