学校祭が近づき、放課後に遅くまで学校に残ることが増えた。受験生がお祭り騒ぎなんぞしている場合か……と思いつつも、家に帰ってもまともに勉強をする気がどれだけあるかという話で、あたしは渋々準備に取り組んでいた。
 一人にかかる負担は案外低いだろうと踏んで、舞台発表の係に手を挙げた。これが狙い通りで、自分に充てられたパートの振り付けを覚えれば、あとはたいして大変なことなどなかった。せいぜいサボっているのを教師や見回りの生徒会メンバーに見つけられないようにすればよかった。
 気づけば他のメンバーも早々に「じゃあ今日はこのへんで」などと言いながら、展示やら行灯行列用の山車作製やらの手伝いに出て行った。教室に一人残ったあたしは、紙パックのミルクティーを飲みながら、窓の外を眺めてみる。もうすぐ太陽の光が遠くの山間に消えていくところだった。
 一日が終わって、この徐々に光量が落ちてゆく空の裏側で、新しい一日がアップをはじめている。それを汚していくのは、結局今日と何も変わらないであろう、明日のあたし。
 はあ。

「怜ちゃん」

 はうっ、とか素っ頓狂な声が口から飛び出していった。一人で黄昏れているときに限って誰かがそこに入ってくるなんて、コテコテな展開だ。使い古され過ぎて輝きを失っている。

「葵。そっちは順調?」

 葵は展示係だ。

「うん。他のみんなは?」
「ついさっき、他の手伝いしに行ったけど」
「そっか。……怜ちゃん。あのさ、今日いっしょに帰れないかな」

 ほう。

「いいよ。それならあたしも展示、手伝いにいく」
「助かるよ」

 葵はすぐに教室を出て行った。
 なんとなくわかっているけど、葵はきっとあたしに何か話したいことがあるのだろう。彼に告白されたということを打ち明けてきた、あの日のように。
 じゃあ尚更何のことだろうか。何かまだ他に言いたいことがあるのか。あたしが彼に「葵のこと泣かしたら潰す」みたいなことを言い放ったのは、葵が告白されたことをあたしに打ち明けてきてすぐのことだった。そのことを咎められるのなら、とっくの昔にされているはずなのに。
 それ以上考えを巡らせることを遮ってきたのは、たまたま見回りに来た生徒指導の教師だった。ジュースを飲んでいたことを叱りつけるのかと思いきや、乾いた唇から出てきたのは「笠島。危ないから窓枠に座るな」という台詞だった。確かに数年前、この学校の当時一年生だった生徒が、三階の窓から誤って落ちて死んでいる。そういう意味で、この教師は自分に与えられた責務を忠実に果たしているに過ぎない。

 あたしは何も負っていないし、果たしてもいない。
 手に入れてもいない。
 葵は手に入れているのに。

 気が滅入ってきたので「はあい」と腰掛けていた窓際から降りて、ゴミ箱に紙パックを捨てた。