あたしにとって葵は他のクラスメイトの女子たちと違って、特別な存在だ。だから幸せになってほしいし、葵を傷つける存在は老若男女問わずギッタギタにしてやろうとも思う。ならば葵は、彼と付き合うことであたしの心がずたずたになると知ったとき、じゃあ付き合わない……という選択をするだろうか。
わからなくなってしまった。あたしは彼をいつも目で追っていたのに、彼はあたしと廊下ですれ違っても会釈すらしてくれない。あたしも葵も二年生からクラスはC組で、彼と教室が違うという条件は同じだったはずなのに、一体何が違ったというのか。そう思うと、何から何まですべてが違ったような心地しかしない。伊藤葵でなく、笠島怜として生まれたこと自体が間違っていたのかもしれない。
「だから、おめでとう。……それにしても黒元くん、葵のどこが好きになったって言ってきたの」
あたしは久々に、素直に自分が(訊きたい)と思ったことを訊ねてみる。
「わたし、二年生の終わり頃の全校集会のとき、コンクールで入賞した作文を読まされたでしょう。あれからずっと気になってたって言われた」
葵の作文は高校生対象のコンクールにおいて、人間の足元をすりぬける仔犬みたいに、呆気ないほどあっさりと最優秀賞を獲得していた。
「なにそれ」
「自分は相手が明るすぎても暗すぎてもだめって面倒な性格だけど、伊藤さんとならずっと一緒に付き合っていけそうだって」
喉の奥に込み上げる酸っぱいものの感覚を必死でこらえた。あたしは今、彼に怒っているのか葵に怒っているのか、自分でもよくわからない。とりあえず吐き気がする。耳触りのいい作文ひとつで、コンクールのみならず彼からも最優秀賞を獲得した親友が憎いのか羨ましいのか、はたまた両方か。
たぶん両方だ。
駅に着くと、向かい合わせのホーム別に分かれる階段で、あたしは「寄るところがある」と嘘をついて葵と別れた。反対側のホームへ続く階段を上ってホームに上がると、線路をはさんで向こう側に立っていた葵と偶然に目が合った。形のきれいな白い歯を見せながら手を振ってくる葵。幼馴染であり、親友。そこに恋敵という二文字がプラスされた今、あたしが今あの子に向けている笑顔はきっと多少なりとも引き攣っているに違いない。
視線を落としながら考えた。彼にとってのあたしは、明るすぎたのか暗すぎたのか。ずっと一緒に付き合えないだけ? 一瞬ならかまわない? あたしは一瞬でもかまわない。刹那ほどでも、彼の気持ちも目線も何もかもを独占したいといつも願ってきたのだから。
<まもなく2番線を電車が通過します。危ないですから、黄色い線までお下がりください>
自動放送が流れたので、周囲を一度確認してからもう一度続きを考えた。欲を言うのなら、一瞬よりも少し長い方がいい。一五両編成の快速電車がホームを通り過ぎるくらいの長さくらいはほしい。それすらもくれないなら、彼があたしの目の前を通り過ぎようとした瞬間、目の前に飛び出して轢かれたい。あたしという存在がそこで終わったとしても、彼の中であたしは永遠に生き続ける。記憶などという、実際に付きまとわれるよりもよっぽど厄介な存在として。
彼は毎日いつでもいつまでも、あたしの存在を認めざるを得なくなる。それも悪くない気がする。
<For your safety, please stand behind the yellow line.>
危ないから黄色い線まで下がれ。
このアナウンスは、きっと彼と、葵に向かって流されている。
鉄の車輪がレールのつなぎ目を越える音。身体が引き込まれそうな強い風。自分の中の暗い場所で手ぐすねを引いて待っている、黒いやつ。あたしはその真ん中でくるくると回っているような感覚を味わった。
青く光るLEDか、鏡が欲しい。ここから転げ落ちてしまう前に。
わからなくなってしまった。あたしは彼をいつも目で追っていたのに、彼はあたしと廊下ですれ違っても会釈すらしてくれない。あたしも葵も二年生からクラスはC組で、彼と教室が違うという条件は同じだったはずなのに、一体何が違ったというのか。そう思うと、何から何まですべてが違ったような心地しかしない。伊藤葵でなく、笠島怜として生まれたこと自体が間違っていたのかもしれない。
「だから、おめでとう。……それにしても黒元くん、葵のどこが好きになったって言ってきたの」
あたしは久々に、素直に自分が(訊きたい)と思ったことを訊ねてみる。
「わたし、二年生の終わり頃の全校集会のとき、コンクールで入賞した作文を読まされたでしょう。あれからずっと気になってたって言われた」
葵の作文は高校生対象のコンクールにおいて、人間の足元をすりぬける仔犬みたいに、呆気ないほどあっさりと最優秀賞を獲得していた。
「なにそれ」
「自分は相手が明るすぎても暗すぎてもだめって面倒な性格だけど、伊藤さんとならずっと一緒に付き合っていけそうだって」
喉の奥に込み上げる酸っぱいものの感覚を必死でこらえた。あたしは今、彼に怒っているのか葵に怒っているのか、自分でもよくわからない。とりあえず吐き気がする。耳触りのいい作文ひとつで、コンクールのみならず彼からも最優秀賞を獲得した親友が憎いのか羨ましいのか、はたまた両方か。
たぶん両方だ。
駅に着くと、向かい合わせのホーム別に分かれる階段で、あたしは「寄るところがある」と嘘をついて葵と別れた。反対側のホームへ続く階段を上ってホームに上がると、線路をはさんで向こう側に立っていた葵と偶然に目が合った。形のきれいな白い歯を見せながら手を振ってくる葵。幼馴染であり、親友。そこに恋敵という二文字がプラスされた今、あたしが今あの子に向けている笑顔はきっと多少なりとも引き攣っているに違いない。
視線を落としながら考えた。彼にとってのあたしは、明るすぎたのか暗すぎたのか。ずっと一緒に付き合えないだけ? 一瞬ならかまわない? あたしは一瞬でもかまわない。刹那ほどでも、彼の気持ちも目線も何もかもを独占したいといつも願ってきたのだから。
<まもなく2番線を電車が通過します。危ないですから、黄色い線までお下がりください>
自動放送が流れたので、周囲を一度確認してからもう一度続きを考えた。欲を言うのなら、一瞬よりも少し長い方がいい。一五両編成の快速電車がホームを通り過ぎるくらいの長さくらいはほしい。それすらもくれないなら、彼があたしの目の前を通り過ぎようとした瞬間、目の前に飛び出して轢かれたい。あたしという存在がそこで終わったとしても、彼の中であたしは永遠に生き続ける。記憶などという、実際に付きまとわれるよりもよっぽど厄介な存在として。
彼は毎日いつでもいつまでも、あたしの存在を認めざるを得なくなる。それも悪くない気がする。
<For your safety, please stand behind the yellow line.>
危ないから黄色い線まで下がれ。
このアナウンスは、きっと彼と、葵に向かって流されている。
鉄の車輪がレールのつなぎ目を越える音。身体が引き込まれそうな強い風。自分の中の暗い場所で手ぐすねを引いて待っている、黒いやつ。あたしはその真ん中でくるくると回っているような感覚を味わった。
青く光るLEDか、鏡が欲しい。ここから転げ落ちてしまう前に。