彼と最後に話したのは、卒業考査の最終日、例によって学校の廊下だった。数日前に受けた大学入学共通テストの問題をそのまま丸パクリするという、同じ問題をすでに解いて自己採点までしているあたしはもはや受ける意味のない内容で、静かに憤慨していた。そうやって無為な時間を過ごし、鞄をつかんで廊下に出たところに、彼がいたのだった。

「や。葵のこと待ってんの?」
「それもあるけど、笠島に訊きたいことがある」
「なに」
「自分が誰を好きになろうと自由だ、みたいなフレーズがよく歌とか小説とかであるだろ」
「あるね」
「笠島はそれ、どう思ってる?」

 いきなり自己啓発本から飛び出てきたみたいな質問をぶつけられて、あたしはきょとんとした顔をしてしまった。というか、なぜそんなことを恋でしくじり続けているあたしに訊くのか。寿司屋に「カルパッチョに一番合うオリーブオイルの銘柄は」と訊くようなものだと思うのだけど。
 いや、違うか。むしろ、彼は敢えてあたしに訊いているのだ。彼とはクラスが違うし、残りの登校日である卒業式予行と当日には、彼があたしと話す機会はないはずだ。だからもう今日しかチャンスがないと思ったのかもしれない。
 涼しい顔であんなにかわいい彼女をつくっておいて、随分とかわいくない質問をしてくる。へへ、と唇の隙間からこらえきれなかった笑いが洩れていった。

「なんだよ、急に笑って」
「ごめん、ごめん。でも、きみがそんなこと訊いてくるから悪いよ」
「そんなに変なことか」
「変だよ。だったら、あたしが今ここで『きみが彼女のこと好きでもいい、それでもあたしはきみが好きだから』って絶叫したらどうするの」

 彼は答えなかった。

「人を好きになるのは自由だし、止められない。だけど、その気持ちを貫くためには何かを捨てなきゃいけなかったり、傷つかなきゃいけない時もある。それでもいいなら好きにしたら? ……っていうのがそのフレーズの裏の意味だと、あたしは思う」
「笠島」

 またグチグチ文句を言うのかなーと思った彼はいま、あたしのことを真正面から、しっかりと見つめている。おまえ相手に退いてたまるか、とでも言いたげな強い眼差しを浴びたあたしは久しぶりに、肌がどろどろに溶けそうになる、あの心地を味わった。
 けれど、あたしはもう、ノリで線を踏み越えたりなんかしない。

「なに」
「最近のヒットソングとか流行りの小説とか、嫌いだろ」
「嫌いだね。みんな好きな人とすんなり結ばれててつまんない。片っぽが病気で死ぬ、とかばっかだし。男女どっちも死んで終わればいいのに」
「ねえよ、そんなの」

 わはは、と彼が腹を抱えながら笑っていた。あたしも思わず頬を緩ませる。別にこれだけでよかったんだと、すべて過ぎ去ってから気がついた。他人から奪った恋愛は長続きしない。いつかは自分が奪い取られる。
 ひとつひとつ積み上げる方が、楽しいだろうな。
 その瞬間、素直にそう思えたことに、あたしは内心で驚いた。