「やっ、お二人」
「あ……怜ちゃん」
「笠島」

 あたしは呼ばれてもいないのに、呼ばれて飛び出て……みたいなモーションで二人の前に躍り出た。二人ともが目をガッと見開いて、二人きりの世界に招かれざる存在の闖入(ちんにゅう)に驚いていた。示し合わせたわけでもないくせにそのタイミングが憎たらしいくらいピタリと合っていた。

「ごめん、ごめん。秋だというのに、あまりにも青々とした景色が目の前に広がっていたから」
「もうおれたちのことはそっとしておいてくれ、って言わなかったか」

 彼の言葉に、今度は葵だけがびくりと震えていた。届いていたメッセージをさっき読んでいたことで、あたしは彼の言葉の意味をすぐに理解することができた。
 葵は、かつてあたしに相談した内容、そしてあたしが今後どうするつもりなのか……という事柄を、すべて彼に打ち明けていた。百年だろうが一日だろうが、恋の温度が冷めるのは瞬間的だ。そのことを告げるメッセージを読んだ時点で、あたしと彼の関係性は音もなく一瞬で蒸発していた。あたしが彼に対して確かに抱いていた想いもそうだし、彼が一瞬だけ抱いたあたしへの想いも同じように霧消しただろう。失くすものがない、とはまさにこのことだ。
 とはいえ、彼にすべてを打ち明けた葵のことを恨むつもりもない。葵は、これからどのように行動するか宣言して、その通りに実行したに過ぎない。ベクトルが異なるだけで、やっていること自体はあたしと同じことだ。
 そのことをあらためて噛みしめた。口元だけを笑みに歪めて、努めて落ち着いた口調で言う。

「安心して。あたしはここで『見捨てないで』とか縋りつくつもりないし、この先もない。あんなに仲睦まじく話してる二人の仲を裂くなんてそもそも無理だと思ったし、そんなダルいことしてる余裕、もうないから」
「じゃあ、なんのためにここに来た」
「二人には、というかきみと葵とそれぞれに迷惑をかけたからね。邪魔ばかりしてごめん。くっついたり離れたりするのが恋愛の醍醐味なわけだし、それで一喜一憂することで形作られていく二人の幸せを、あたしは遠くからそっと祈ってるだけでよかったんだ。なのに余計な手出しをしてしまった」
「怜ちゃん、どうして」
「あたしは、葵が落ち込んでるのを見たくなかっただけ。そこにたまたま、自分もずっと前から彼のことが好きだったって要素が重なっただけ。彼氏彼女のどっちかが別の人だったら、こんなことしなかった。二人ともあたしが誰にも奪われたくない存在だったから、こうしただけ。あたしは二人のことが好きだったから、二人ともをあたしのものにしたかったんだと思う」

 一気に腹の中から言葉を放出したら、最後の方には空気しか出てこなかった。
 っ、と出涸らしみたいになった溜息を吐いてから、あたしは二人に向かい、敢えて哀しいくらいの作り笑顔を見せた。

「でも結局、どっちも失くしちゃった。残ったのはカラッポな自分自身だけ。ところで『二兎を追う者は一兎をも得ず』ってことわざ、実は西洋のものらしいよ。ひとつ勉強になったね」

 じゃ、とあたしは二人に背を向けた。あとは数百メートル先にある駅までダッシュして、電車に飛び乗るだけ。行き先はどこでもいい。なんなら反対側でもいいし、どれだけ遠くても構わない。いま家に帰ったところで、この気持ちをどう細かく破ればいいのか見当がつかなかった。